クリスマスイブ 澄香視点 その2
『もしもし、澄香? 』
スマホに表示された通り、それは高校時代の同級生であるマキからの電話だった。
「あ、マキ……」
『今、いい? 仕事、大丈夫? 』
「うん。大丈夫」
なんだか胸のあたりがもやもやしてくる。
今日というタイミングでのこの電話。
これが何を意味するのか気付かないほど澄香は鈍くない。
「あの、それで、どうしたの? 」
この状況から察するに、電話をかけてきた理由など訊く必要もないことは重々わかっている。
けれど、万が一ということもあるかもしれない。
インタビューの放送とは関係ない電話であることを祈りつつ、数パーセントの確立にかけてみる。
『元気そうで何より。あたしもね、やっと長かった風邪が治ったんだ。澄香、メリークリスマス! なんて、のん気なこと言ってる場合じゃなくって。見たよ! 見た見た! ねえねえ、すごいじゃん、あのテレビ! 』
ああ、やっぱりその話かと落胆する。
にしてもどうしてマキがその番組を見ることができたのだろう。
まさか仕事が休みだったとか?
たまたま今日という日に有給を取ったのだとしたら、マキの強運に驚くしかない。
「テレビって、その、あの……。ええっ? 見たの? 夕方のあの放送……」
『んもう、澄香ったら、水臭いんだから。今、実家なんだけどね。うちの母親があの番組が好きでさ、いつも……』
そうか、そうだったのか。
マキのお母さんが番組を見ていて、画面に映ったのが娘の友人だと気付き、咄嗟に録画したということだった。
彼女の母親なら、それも納得できる。
澄香の母と変わらない年齢でもあるにもかかわらず、マキのお母さんは、いつも時代の最先端を行くような、行動力のある人だ。
娘のマキよりも先にスマホを操り、海外のアーティスト情報にも詳しい。
そんなマキのお母さんなら、テレビの周辺機器の扱いもお手の物なのだろう。
お母さんから連絡を受けたマキが、仕事が終わって一目散に実家に駆けつける様子が目に浮かぶようだ。
いつもより随分早めに帰ってきてくれた夫をキャンドルの灯りで出迎え、イブの夕食もひと段落したところで、ようやく録画した番組を見ようと腰を上げた矢先のマキからの電話だ。
ソファに座り込むと話が長くなりそうな気がするので、あえて立ったまま電話を続け、こちらの様子を気にしている夫を近くに呼び寄せた。
すると、夫のこともよく知っているマキが、電話の向こうで叫ぶのだ。
『……おーい、かがちゃーーん! いるの? あたしだよ。ちゃんとツーショット見たからね。ラブラブごちそうさま! うふっ』 などとのたまう。
「あ、ああ……」
あからさま過ぎるマキのエールに、夫は絶句してしまった。
絶対に誰にも知られたくないとあれほど気にしていた夫のことだ。
一番見られてはいけない人物に現場を押さえられ、がっくりと肩を落とすのも無理はない。
そしてとどめが 『かがちゃんだって、あれは反則だよ。いい男だね、全く!』 だ。
夫は照れているのか、電話から耳を離し苦笑いを浮かべている。
けれど、マキの言い分には百パーセント同意してしまう。
澄香にとって宏彦は唯一無二の大切な夫であり、本当に素敵な人であると常日頃からそう思っているからだ。
友人から夫を褒められて悪い気はしない。
そんなにいい男に映っているのなら、ますます早く録画を見たくなる。
『……ねえねえ、ミヤモリのことも、いろいろ教えて! ね、お願い! 』
「わかった。じゃあ、またあとで」
ようやく話の終わりが見えてきた。
それにしても、マキがあのかくれんぼうやのファンだっただなんて、今日まで知らなかった。
『うん。よろしく。これからは、こんなビッグニュースはすぐに教えてよ。絶対だよ』
「うん、そうするね。ホント、内緒にしててごめんね。詳しくはまたあとで。じゃあ」
やっと電話が終わった。
夫もホッとしたようだ。
「……さーて、ではそろそろ私たちも、見ることにしませんか? 」
「そうだね。じゃあ、もう一度仕切り直しってことで」
夫の腕がごく自然に澄香の腰に回される。
そんな時、澄香の心臓は決まってドキドキと高鳴る。
もう結婚もしてこの人の妻になったというのに、まるで付き合い始めたばかりの恋人同士のようにときめいてしまうのだ。
澄香の恋の病は、残念ながら当分治癒する見込みはない。
そのまま抱き寄せられるように密着してソファに座り、今度こそマキが言うところのいい男である夫を存分に見るためにテレビ画面に向き合った。
彼がリモコンを手にする。
いよいよその時が来た。
「なんだか、ドキドキするね」
すると夫の柔らかい口びるが頬に合わさる。
もう本当に、宏彦ったら……。これから見ようって時に何をするの?
少し落ち着きを取り戻していた澄香の心臓が、またもやドキドキと暴れだす。
乱れ続けるこっちの気持ちなどおかまいなしに、夫の指がリモコンの録画再生ボタンを押そうとしたその時だった。
「え? やだ、今度は宏彦の携帯だよ」
真っ赤になっていないだろうか。澄香は頬に手を当てながら、音のする方に振り返った。
さっき電話し終わったばかりの澄香のスマホと並んで置いてある夫の馴染みのガラケーが、ピロロローンとシンプルな呼び出し音をリビング中に響かせた。
……ったく、なんでまた電話なんだよ、とぶつぶつ言いながら、夫は不機嫌オーラ全開で立ち上がり、恨めしそうな目でギロっと携帯を睨んだ。