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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 3
200/210

クリスマスイブ 澄香視点 その1


新年、明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


年が明けても、まだまだ続く加賀屋家のクリスマスイブの物語。

お付き合いいただけると嬉しいです。

「今夜は家で、二人だけのクリスマスパーティーしようよ。あたしの方が先に帰れると思うから、料理は任せてね。食材は買って帰るから。秀彦も仕事大変だと思うけど、早く帰って来てくれると嬉しいな」


 そう言って、澄香は夫に抱きついた。

 そしていつものように軽く……と思ったのも束の間、夫の出勤家時刻が迫っているにもかかわらず、今朝の行ってらっしゃいの口づけは予想外に激しいものとなった。

 あまりの濃厚さに澄香は慌てふためく。

 そんなつもりで抱きついたわけではないのに、すっかり彼のペースに巻き込まれ、立っていることすらおぼつかない。

 ようやくその儀式を終えた時には、恥ずかしくて夫から思わず顔をそむけてしまった。




「行ってらっしゃい」


 やっとのこと、コートを着た夫を送り出すことに成功した澄香は、精一杯の笑顔で見送る。

 夫は振り返り、行って来ますと笑顔で答えてくれた。待って、行かないで、と言いそうになる自分を抑えるのに苦労する。

 私をそんな気持ちにさせたのは、宏彦、あなただよ……。

 澄香は、玄関のドアが閉まった後もしばらくその場に立ちすくみ、彼のぬくもりが残る唇にそっと指をあててなぞった。


 さあ、一日が始まるぞ。

 気を取り直した澄香は手早くエプロンを外し、メイクを整える。

 髪にドライヤーをあて身繕いは完璧だ。

 あ、いけない。マグカップがひとつ、テーブルの上に忘れられていた。

 彼女はそれを手に取り大急ぎでスポンジで洗い、カゴに伏せた。

 バッグとコートを持って、玄関に向かう。

 キッチンのガスコンロは消したかな? ホットカーペットのスイッチはどうだったっけ? 

 要所要所を再確認して、安全を確かめる。

 玄関の鍵をかける前に、いろいろと不安がよぎるが、大丈夫と自分に言い聞かせ無事会社に向かうことが出来た。


 今日は、結婚して以来、初めてのクリスマスイブを迎える。

 最近、随分疲れている夫を少しでも休ませてあげたいと思い、彼が提案してくれた外食は取りやめ、家でゆっくりと過ごすことに決めた。

 それと、あの録画ビデオのこともある。

 昨日のインタビューが放送されるのだ。

 それを二人で見て、はらはらドキドキと楽しい時を分かち合えればそれで充分だと思っていた。


 実のところ澄香は、昨日からかなりの我慢を強いられていたのだ。

 夫が横暴だとか、気が利かないだとか、あるいは、仕事が思うようにいかない、などというわけではない。

 むしろそれらの点は、誰よりも恵まれていると思う。

 夫は優しいし、ますます大好きだし。仕事もうまくいっている方だと自負している。


 では、何を我慢しているのかといえば。

 インタビューのことだ。

 あのことを誰かに言いたくてたまらないのをずっと我慢しているのが辛くて辛くて仕方ないのだ。

 でもその反面、誰かに見られて冷やかされるのはいやだし、もし変な顔で映ってたりした日には、言ったことを後悔するに決まっている。

 けれど、言いたい。でも、言えない。

 その葛藤の中、どうにか一日を過ごすことができた。

 職場の同僚に口が滑りそうになるのを、必死で我慢したのだ。

 こうなったら最後まで夫との約束を貫こうと、決意を新たにする。


 時計を見ると、五時四十五分。澄香は職場の机の上を片付け、主任にお先に失礼しますと会釈した。

 主任はにっこり笑い、ご苦労さんと言った。その目が何か言いたそうに見えたが、澄香はこの後の予定を思い浮かべ、誰にも引き止められないうちにとそそくさと職場を後にした。

 三宮の街はすっかりクリスマス色に染められている。

 食材を買い足すため、私鉄の改札近くにあるスーパーに向かった。エスカレーターで地下に潜り、野菜や香辛料を見て回るのだ。

 この店には焼きたてのパンもある。

 夕方に焼き上げたという触れ込みのフランスパンを、迷うことなく一本ゲットした。

 もう一度野菜コーナーに戻って真っ赤なラディッシュをカゴに入れ、意を決して長蛇の列をなすレジに並ぶ。

 まだかまだかと何度も時計を見ては、ため息をつく。

 が、澄香ははたと気付くのだ。

 どの人の買い物カゴの中も、それぞれの家庭の幸せがいっぱい詰まっているのではないかと。

 彼女の口元が、ふっとほころんだ。


 大急ぎで電車に乗り込み、七時前に家に帰り着く。

 凍えるほど寒いけれどリビングの窓を全開にして洗濯物を取り入れ、掃除機をかけた。

 そして結婚祝いでもらったダンガリー生地のエプロンをつけ、料理に取り掛かる。

 前日に仕込んであった材料を冷蔵庫から取り出し、オーブンの角皿にセットした。

 本日のメインディッシュは鶏の香草焼だ。

 ミックスされた香辛料にプラスして、生のローズマリーを添えるのも忘れない。

 周囲にじゃがいもや人参などの下茹でした野菜も並べて、オリーブオイルを振りかけ、彩りも良く仕上がった。後は、焼きあがるのを待つのみだ。

 サラダとチーズの盛り合わせ。そして、フランスパンに添えるパテも二種類作り置きしてある。

 テーブルに食器を並べ、この日のためにと準備したキャンドルに火をつける。

 部屋を暗くして夫を出迎えれば、本日のサプライズは、ほぼ成功したも同然だ。

 ああ、早く帰って来ないかな。

 澄香は夫の帰宅を待ち望みながら、ホーローの鍋の中でくつくつと煮えている野菜スープをゆっくりとかき混ぜた。


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