クリスマスイブ その3
スマホを耳にした妻がこっちへ来いと手招きをする。
一緒に電話を聞けということだろう。
宏彦はカウンターの所に立つ妻のそばに行き、少し腰を屈めて彼女の耳に自分の左耳を近付けた。
そして、相手のよく通る声を、しっかりとキャッチした。
『……たんだ。澄香、メリークリスマス! なんて、のん気なこと言ってる場合じゃなくって。見たよ! 見た見た! ねえねえ、すごいじゃん、あのテレビ! 』
「テレビって、その、あの……。ええっ? 見たの? 夕方のあの放送……」
『んもう、澄香ったら、水臭いんだから。今、実家なんだけどね。うちの母親があの番組が好きでさ、いつも見てるんだよね。それで、かがちゃんと澄香らしき人がインタビューされてるのを見て、なんかピンとくるものがあったらしくて。即、録画ボタン押したんだって。で、今、その番組を見終わったところ! 』
目を丸くした妻としばし顔を見合わせる。
この電話の向こうの妻の友人は、もうすでにあの番組を見てしまったらしい。
まさかあいつに見られたとは。
「そうなんだ。で、どうだった? ちゃんと映ってた? 」
そうそう、そこが一番気になるところだ。
電話をしてきたということは、ある程度は映っていたってことなのだろう。
『え? まだ見てないの? ってことは、まだ仕事中だったりして』
「いや、そういうわけじゃないけど。今、家」
『ならなんで見てないの? もしかして、録画失敗した? 』
「ううん。予約は完璧。今から見ようかなって、そう思ってる」
そっちの急な電話のせいで、見るタイミングを逃してしまったというのに。
妻の友人よ、出来ることなら手短にお願いしたい。
長電話は勘弁して欲しい。
『なーーんだ、そうだったの。なら、早く見てよ。かがちゃんは? 』
「いるよ。ここに。一緒に聞いてもらってる」
そう言って、妻がスマホを宏彦の耳に近づける。
『そうなんだ。おーい、かがちゃーーん! いるの? あたしだよ。ちゃんとツーショット見たからね。ラブラブごちそうさま! うふっ』
「あ、ああ……」
あまりにあからさまな花倉の言葉に、なんと返事をすればいいのか迷っていると、敵は再び妻に矛先を向け返る。
『でね、澄香。なんかもうね、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃって。かがちゃんと澄香のなれ初めは、あたしが一番身近にいてよく知ってるものだから、それはもう、ハラハラドキドキだった。にしても、いい映りだったよ。澄香もきれいだったしね。あのえんじ色のコート、よく似合ってたし。かがちゃんだって、あれは反則だよ。いい男だね、全く! 』
「そ、そうなんだ。それは、どうも」
ほんのりと頬を染めた妻が、はにかみながら節目がちにこっちを見た。
おいおい、澄香。そんなおまえこそ、完全に反則だろ?
宏彦は不謹慎にも今すぐ妻を抱きしめたい欲望に駆られ、この電話さえかかってこなければと罪のない友人を悪者にしてしまう。
『まあ、そいういうことで。とにかく早く見てよ。それからまた電話ちょうだい。実はあたし、かくれんぼうやのミヤモリのファンなんだ。一度、結婚式場で一緒に仕事したことがあってね。司会を頼まれてやってたんだけどさ、それはもう、気遣いができるいい人だったのよね。ああ見えて、ミヤモリって結構、頭もいいし。それからすっかりファンになっちゃって。ねえねえ、ミヤモリのことも、いろいろ教えて! ね、お願い! 』
「わかった。じゃあ、またあとで」
『うん。よろしく。これからは、こんなビッグニュースはすぐに教えてよ。絶対だよ』
「うん、そうするね。ホント、内緒にしててごめんね。詳しくはまたあとで。じゃあ」
横で聞きながら全てを理解した宏彦が、今にも笑い出しそうになるのをこらえて、澄香をじっと見た。
「てなわけで。マキでした」
妻がクスッと笑って肩をすくめた。
「まさか、花倉に見られてただなんて、想定外だな」
「ホント、びっくり。今、六甲アイランドの実家に帰ってるみたいだね。それはそうと、番組を見てたマキのお母さんが、私と宏彦だとすぐに気付いたってのも、すごいことだよね」
「ああ。よく俺たちだってわかったよな。そうだ、澄香は花倉のお母さんと面識あるもんな」
「うん。高校時代、何度も会ってるからね。それに、あたしたちの結婚式の写真も見てるから、宏彦のことも知ってるんだと思う。高校の卒業アルバムだって見てるだろうし」
「そうか。それにしても、気が利くお母さんだな。うちのお袋だと、ビデオなんてそんなにすぐに扱えないんじゃないかな」
「うちのお母さんだって、マニュアル本探して操作してるうちに番組が終わってしまうと思う」
「はははは。普通そうだよな? そうか、花倉に見られたか……。まあ、そんなこともあるさ。さーて、ではそろそろ私たちも、見ることにしませんか?」
「そうだね。じゃあ、もう一度仕切り直しってことで」
宏彦は澄香の腰を抱くようにしてソファに座り、今度こそ先日の恥ずかしい自分を見るべく、自らリモコンを構えた。
「なんだか、ドキドキするね」
妻が胸に手を当てながらそう言った。
まだ幾分赤く染まったままの彼女の頬にそっと口づけ、録画再生ボタンを押そうとしたその時だった。
「え? やだ、今度は宏彦の携帯だよ」
真っ赤な顔をした妻が頬に手を当てながら、音のする方に振り返る。
澄香のスマホと並んで置いてある宏彦の馴染みのガラケーが、ピロロローンとシンプルな呼び出し音をリビング中に響かせた。