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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 3
195/210

クリスマスイブ その1


街頭インタビューの続きです。

読んでいただけると嬉しいな。

宏彦視点になります。

 仕事を終えようやく自宅マンションに帰り着いた。

 時計を見ると九時過ぎだ。普段より早いが、妻は今日もまた首を長くして待っているに違いない。


 昨日はとんでもない事態に遭遇した。

 テレビ番組の街頭インタビューとやらに(つか)まり、クリスマスの過ごし方と称して、夫婦になるまでの経緯をこと細かに訊かれるというハプニングに巻き込まれたのだ。

 でもまあ、これも何かの縁だ。

 何年か後には、良い思い出となって夫婦の歴史に刻まれるかもしれない。

 そう思うことで宏彦は消極的になる自分を奮い立たせ、しぶしぶながらも質問を受けた。

 本日、夕方の放送ということで、録画予約もばっちりだ。


 今日はクリスマスイブ。といっても平日なので、夫婦共に通常通りに仕事があるのは仕方がない。

 けれど妻の会社は、繁忙期を除いて定時に退社出来る確率が高い。

 今ごろ、台所で料理作りに勤しんでいるはずだと想像するだけで、早く家に帰りたくてたまらなくなる。

 エレベーターが降りてくるのを待つのでさえもどかしい。


「今夜は家で二人だけのクリスマスパーティーしようよ。あたしの方が先に帰れると思うから、料理は任せてね。食材は買って帰るから。宏彦も仕事大変だと思うけど、早く帰って来てくれると嬉しいな」


 そう言って、朝からかわいい笑顔を振りまきながら抱きついてきた。

 いつもより長めの口づけを終えた時には、彼女の目が驚いたように丸く大きく見開かれる。

 やれやれ、そうさせたのは澄香、おまえだというのに。

 朝一番の妻の笑顔は、誰のどんな言葉よりも仕事のスピードをアップさせる原動力になる。

 その上、職場の誰もが新婚夫婦のクリスマスを邪魔するような野暮なことはしない。

 ヒューヒュー、加賀屋君、今夜は奥さんとお幸せに! と高校生のような冷やかしの洗礼を受けながらも、予定通り七時過ぎには仕事を終え、駅近くのデパートで少し奮発したワインと、有名パティシエが趣向を凝らしたケーキを調達して電車に乗り込んだ。

 満員の車両には、宏彦と同じようにケーキの箱を持ったサラリーマンがあちこちに出没する。

 彼らは胸元で大事そうにそれを抱え、サンタクロースさながらに、家で待つ家族の元へと電車のそりを走らせているのだ。




「ただいま」


 玄関のドアを開け中に入る。

 いつもなら走って出迎えてくれるはずの妻がどこにもいない。

 それどころか、部屋の中が真っ暗なのだ。

 まさか、今夜に限って残業とか?

 それならばまだいい。

 実家に帰ってしまった、ということはないだろうか。

 結婚生活に疲れ、夫に愛想をつかした挙句、別居に踏み切った……。


 でも朝もいつものように妻は笑顔だったし、早く帰って来てくれると嬉しいなとまで言ってくれた。

 仕事に行くのを辞めたくなるくらいの、とろけるような口づけも交わしたはずだ。

 なのに、妻はどこに消えてしまったのだろう。


「おーーい、澄香? どうした? いないのか? 」


 暗闇の中、手に持っていた荷物を廊下の隅に置き、きょろきょろと見回した後、シューズボックスの横の壁にある電灯のスイッチに触れようと指を伸ばした。

 その瞬間、待って! と声がした。

 妻だ。なんだ、いるんじゃないかと、ほっとしたのも束の間、どうして暗がりの中で玄関に立っていなくちゃならないんだと、今度は無性に腹立たしくなってくる。


「宏彦、お帰りなさい」


 リビングからぼんやりとした灯りが洩れ、次第にその光と共に、妻がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 手にしているのは、キャンドルだ。

 ゴールドに塗り固められた鉛筆ほどの長さのキャンドルで周囲を照らしながら、妻がゆっくりと歩いて、出迎えてくれた。


「澄香、いったいどうしたんだ。びっくりしたよ」


 そう言いながらも、宏彦は嬉しさを隠しきれない。

 これは妻が自分を喜ばそうと演出してくれた、サプライズだとわかったからだ。

 にっこりと笑った妻がキャンドルを持ったまま、電灯のスイッチを入れた。

 部屋の中が一気に明るくなった。


「うふっ! こういうの、一度やってみたかったの」

「……澄香」


 宏彦はゆらゆらと動く炎をフッと吹き消すと、燭台ごと澄香の手からキャンドルを奪い取り、シューズボックスの上に載せた。そして、目の前の彼女をすっぽりと抱きしめる。


「宏彦……」

「ただいま。キャンドルのサプライズ、ありがとう」


 何度も瞬きを繰り返す妻の愛らしい口元に、待ちに待った本日二度目の口づけをそっと贈った。

 

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