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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
19/210

18.卒業の日 その2

 数々の思い出と共に、後悔の念がどどっと押し寄せる。

 ああ、自分も彼と一緒に東京で学生生活を送りたかった。

 そして願わくば、彼と仲良くなって、恋人同士になって……と、果てしなく妄想は広がるが、実際は離れ離れで接点は皆無になる。

 澄香の涙は滝のごとく、次から次へと流れ落ちるばかりだった。


 結局、仰げば尊しは、ワンフレーズたりとも歌えずじまいだった。

 宏彦と会えるのは、今日で最後になるかもしれない。

 いずれこの日が来るのだとわかっていながらも、彼ともう会えなくなるなんてことは絶対に信じたくなかった。

 でもその時は、着実に一歩ずつ近付いて来る。

 この式が終われば、そして今日が終われば。

 彼との別れは現実のものとなるのだ。


 瞼を閉じれば思い浮かぶ彼の笑顔が、今となっては苦しみの(みなもと)でしかない。

 足元もおぼつかないままマキに支えられるようにして教室にもどった澄香は、すべての卒業式の行程が終了したのを身を持って知ることになる。


「それでは君たちに、希望の春が訪れることを祈りつつ、私の卒業の祝いの言葉とさせてもらう……」


 鬼教師黒川らしい締めくくりの言葉とほぼ同時に、教室内に歓声が沸きあがり、それは撮影大会の始まりの合図となった。

 男女の区別なく、数人がかたまりになってピースサインをしたり、変顔をしたり。

 それぞれの今の高揚した気持ちを、フレーム内に形作る。

 携帯とデジカメのフラッシュの嵐の中、澄香はふいに誰かに肩を抱かれたような気配に気付いた。

 意味ありげな視線を澄香に向けながらカメラを構えていたマキが、もっと右! とか、もう少し寄って! などとと叫び、次々とシャッターを切る。

 澄香は撮影の合間に、恐る恐る横の人物を見上げてみた。

 やっぱり。彼だ。宏彦だった。

 夢にまでみた宏彦の腕が、澄香をそっと抱き寄せるように包み込み、ブレザーの胸ポケットが彼女の頬にぴとっと当たる。

 その時、背中から回された彼の左手が澄香の左腕を握るように添えられているのがわかった。

 最初はためらいがちに掴んでいたその手に次第に力が入り、彼の指ひとつひとつの動きまで身体中で感じることが出来る。

 今までに経験したことのないような激しい胸の高鳴りに、なすすべもない。

 幸い教室内の有り得ないほどの喧騒は、澄香の動揺をうまく隠してくれる。

 窓の外では雪が舞っているにもかかわらず、熱気の立ち込める四角い空間の中で、所狭しと同じような撮影が各所で繰り広げられている。


 ドキドキするのは回りのみんなが騒いでいるからで、顔が火照って赤くなるのはさっき泣きすぎた反動。

 そして、体中が震えているのは卒業式の緊張がまだ持続しているせいだ、などと宏彦の存在が澄香を動揺させていることを決して認めようとしない。

 彼は、ただのクラスメイトであり、この先は澄香の人生とは全く関係のない人なのだ。

 何も期待しない。

 これまでの記憶すら忘却の彼方に押しやろうとあえて冷静に振る舞おうと努めるのだが……。

 気持ちに嘘をつくことはできなかった。

 今日で忘れ去るどころか、ますます彼への想いが積み重なり、苦しさが増すばかりだ。

 ブレザー越しに伝わる宏彦のぬくもりを全身で感じ心の奥深くにしみこんでいくのがわかった。

 澄香は自分の湧き出る感情に実直に向き合い、このかけがえのないひと時を大切にしようと思い直す。

 このまま時間が止まってくれればいいのにとさえ願ったその時、無残にも彼の腕が離れるのだ。

 それは夢から現実に引き戻された時だった。

 二次試験がんばってね、と声にならないか細い声で話しかける。

 その時の宏彦のはにかんだような笑顔が、澄香の網膜から消えることはなかった。

 その笑顔は、澄香だけのものだった。


 一向に終わらないクラスメイトとの高校生活最後の語らいを無理やり区切りをつけ、一旦家に帰る。

 思いの詰まった制服を脱ぎ私服に着替え、集合場所である三宮駅北側のデコボコ山に向った。

 今から貸切のカラオケルームで、クラス全員での卒業の打ち上げパーティーが開かれるのだ。

 卒業式終了以降、なぜか始終機嫌のいいマキに、とんでもないことを耳打ちされた。


「澄香、チャンスだからね! 今日こそ告りなよね。かがちゃんだって、澄香に告白されて悪い気しないって。あわよくば、片桐からカレを奪えるかもしれないしさ。だってさっきのかがちゃん、どさくさにまぎれて、澄香に密着してたじゃん。確信犯だって。あれはまさに、脈ありの証拠と見たね」


 そう言って、パチンとウィンクまで披露してくれる。

 去年の卒業式で、お目当ての水泳部の先輩に告白して見事思いを成し遂げたマキは、自信満々にそんなことを言ってのける。

 そして、彼女の鼻が、しっかり上を向いているのも見逃さなかった。

 でも……。澄香はさっきの写真の時の緊張がよみがえり、怯えたようにマキにすがりつく。


「む、無理。無理だってば。そんなの言えないよ。やっぱ、ダメだって……」


 さっきのあの場では、誰もが男女関係無く、肩を組み腕を絡ませ記念撮影をしていたのだ。

 宏彦が特別な感情を持ちながら澄香を抱き寄せたなどとは、到底考えられない。

 それこそ都合が良すぎる自分本位の思考だと思わざるをえない。


「はいはい、だから心配いらないって。あたしにまかせなさいってば……。あんたたち帰る方向一緒なんでしょ? 他の奴が邪魔しないように、うまく二人っきりで帰れるようにしてあげるから。その時がチャンス到来の絶好のタイミングなんだから。ね? 」


 パーーン! と、マキに思いっきり背中をたたかれ激励された澄香は、やっとのことで前向きな気持ちが湧き上がってきた。

 もう後悔はしたくない。自分の気持ちに素直になれば、何かが違ってくるのかもしれないじゃないか。

 たとえ片桐という女性がいたとしても、告白するのに遠慮はいらないはずだ。

 真相を確かめたわけではないが、恋人同士など、ただの噂かもしれないし……。

 澄香はそう思うことで、次第に勇気と力がみなぎってくるのを感じ始めていた。

 宏彦に自分のありのままの気持ちを伝えようと、ようやく決心がつく。

 たとえそれが実を結ばないとしても、今日言わなければ一生後悔すると思ったからだ。

 澄香はマキにしがみついていた手を離し、二月の夕暮れ時の冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

 勇気の充電は、澄香の身体の中に次第に満タンになっていった。


読んでいただきありがとうございます。

三宮北側のデコボコ山(別名はちょっとここに書きづらいのでコレにしときました……大汗)は、学生達に人気の待ち合わせ場所であり、ストリートミュージシャンの活動拠点でもあります。

現在(令和二年)三宮駅周辺再開発事業につき、この施設はなくなっています。

駅周辺は大規模工事中で、高層ビルも建設される予定で様変わりするようです。



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