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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
18/210

17.卒業の日 その1

 センター試験、私大入試も無事終えた二月の半ば。

 澄香は、三年間通った高校の卒業式を迎えていた。

 体育館の舞台右寄りにある大きな花器には春を思わせる花が厳かに生けられ、中央の演台で生真面目に背筋を正す燕尾服姿の学校長が、緊張した面持ちで生徒一人一人に卒業証書授与を行なっていた。

 音楽教師によるピアノ伴奏で仰げば尊しを歌う頃には、生徒席からすすり泣く声が聞こえてくる。

 絶対に泣くまいと決めていたのに、うつむき加減で唇をかみ締めながらピアノを弾いている新卒の音楽教師の泣きはらした真っ赤な目に誘われるように、最前列に座る澄香もとうとう涙をこぼさずにはいられなかった。


 中学三年生の時、死に物狂いで受験勉強をして入ったこの神戸中央高校での三年間は、澄香にとって、それなりに実りあるものだった。

 学校での成績はあまり振るわなかったけれど、楽しい仲間に囲まれ、親友はもちろんのこと、尊敬できる教師にも出会えた。

 そして誰が何と言おうと、宏彦に会えたことを忘れてはいけない。

 もともと顔見知りであったにせよ、心から好きだと思える人に出会えたことは、澄香にとって最大の収穫だったと言えるだろう。

 幸運なことに、三年生でも宏彦と同じクラスになれた。

 たまにではあるけれど、神様は彼と話をするチャンスも与えてくれた。

 ただ、先に卒業した元野球部マネージャーの片桐との関係が気になりつつも宏彦に真相を問いただす勇気もないまま、とうとう高校生活最後の日を迎えてしまったことだけが悔やまれる。

 その上残念なことに、大学は離れ離れになる。

 澄香は地元の私立の大学に。

 そして宏彦は東京の国立大に進学予定だ。

 国立大の二次試験はこれからなので、まだ決まったわけではないのだが、彼のセンター試験の点数は九割越えだったとも聞く。

 模試の合格判定もA評定だと言っていたので、東京行きはほぼ間違いないだろう。


 澄香が宏彦の進学予定先を知ったのは、年が明けて粉雪が舞う一月のある日のことだった。

 たまたま座席が隣同士だったので、雑談の合間にどこの大学を受けるのかと訊ねてみたのだ。

 すると宏彦はさも驚いたようにこう答えたのだ。


「東京のH大だけど? あれ? 俺、池坂に言ってなかったっけ」


 H大。確かに国内でも難関と言われる商学部がある。


「き、聞いてないと、思うけど……」


 澄香は、なぜか自信を持って返事が出来なかった。

 宏彦が商学部希望というのは、はっきりと聞いた記憶がある。

 ただしH大に行くことは、今の今まで本当に知らなかった。

 何も聞いていない……はずだ。

 神戸から遠く離れた東京に行ってしまうだなんて、全く想像すらしていなかった。

 けれど、二年生の秋に進路調査票を提出した時、彼がそのようなことを言っていたような気もする。

 さて。真相はどうだったのか今となっては忘却の彼方だ。


 そう言えばあの日。

 突然野球部のユニホーム姿で現れた宏彦の登場に、嬉しさと驚きと緊張感で舞い上がってしまい、彼の言ったことなどほとんど耳に入っていなかったのではなかったか。

 大切なことを聞き漏らしていた可能性は大だ。

 今もたらされている悲しい結末の原因は、あの時の自分の状況にあったのかもと、今さらながら気付く。

 もし、もっと早く宏彦が東京の大学に行くとわかっていれば、自分も向こうの大学を受けたかもしれないのになどと思ってみるが、もう遅い。

 何もかもが違う方向に動き始めてしまっている。

 運命のいたずらに澄香の気持ちは沈む一方だった。


「おかしいな。俺、東京に出るつもりだって言ったはずだけど……。で、池坂はこっちに残るの? 」

「うん」

「そうか……」


 宏彦がため息混じりに頷く。少しは残念がってくれているのだろうか。

 彼の寂しげな横顔を見て、不謹慎にも嬉々とした気持ちになってしまった。

 今からでも地元の大学に進路変更してくれないだろうか、などと自分本位な願いを描いてみるが、人生それほど甘くは無いことも容易く想像がつく。

 そして、それっきり。

 宏彦は大学のことを一切話さなかった。


 宏彦の恋人だと噂される片桐の進学先まではまだ知らなかったが、宏彦が東京行きを決めた理由のひとつに、彼女が東京の大学にいるからではないかとの思いは拭えなかった。

 あくまでも推測の域を出ないものではあるが、心のどこかで確信めいたものを抱いていたのも事実だ。

 片桐先輩は、絶対に東京にいる、と。


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