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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 4 未来への誓い
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番外編4 1.秘密のアルバム


澄香の弟信雅の彼女、早菜(さな)視点です。


 今夜から雨になるのだろうか。

 どんよりとした空を見上げながら、小走りで彼の家を目指す。

 鍵をカバンから出し、オートロックを解除した。


 学生ばかりが住むこのマンションに立ち入るのは、もう何度目になるだろう。

 男性の部屋に出入りするのは初めてではない。

 不毛な恋愛もした。

 けれど……。今度ばかりは彼を信じてみようと思った。


 彼は。小さい頃からずっと近くにいた人。

 けれど、好きだとも、ましてや愛してるなどとは全く思ったことのない人。

 どちらかといえば、嫌いだった人。

 いつも遊びの邪魔ばかりする不真面目な男の子、という存在でしかなかった、年下の人だ。


 彼の姉にあたる澄香お姉ちゃんが、早菜のあこがれの人だった。

 四つも年上だったけど、おやつを分けてくれたり、かわいい洋服のお下がりをくれたりと、本当の姉のようにいつも親切にしてくれた。

 人形遊びもしてくれた。

 おもしろい童話の本も貸してくれたし、小学校や中学校の修学旅行のおみやげも買ってきてくれた。

 ハウステンボスの缶入りクッキーの味が、今でも忘れられない。

 その缶は今も手元にある。


 そして、どういうわけか、早菜はその優しいお姉ちゃんの弟である信雅の彼女になってしまったのだ。

 信雅の住んでいるマンションは、彼の在籍する大学から徒歩で二十分くらいのところにある。

 大学周辺にはいっぱい学生専用のマンションが立ち並んでいる。

 とても便利な場所だ。


 早菜の住んでいるところは、彼女が通っている大学から電車で五駅も離れたところにある。

 古い木造アパートだが、周囲が静かで住みやすいのがとりえ。

 大学まで遠いという難点はあるけど、小さい頃から行こうと決めていた大学で勉強できる幸せを考えれば、何だって我慢できる。

 だから少々の不便さは気にならない。


 彼も時々、早菜の家に遊びに来る。

 実は、恋人同士になる前から、彼はすでに早菜の部屋に出入りしていたのだ。

 もっぱら付き合っていた彼女たちと別れる時ばかり、早菜を頼ってやってくるので、駆け込み寺とさして変わりはなかった。

 今後、駆け込み利用は、絶対にお断りだ。



 高校は、澄香お姉ちゃんを追いかけて、地元の進学校に入った。

 もちろんお姉ちゃんは、早菜の入学時にはすでに大学生だったので、そこにはいなかった。

 それでもよかった。

 お姉ちゃんは卒業後もテニス部の伝説の人として語られていたからだ。

 お姉ちゃんの話題がでると嬉しかった。

 彼女はいつでも早菜の自慢のお姉ちゃんだった。


 ところが。

 一年後に信雅が後輩として入学して来た時は、天と地がひっくり返るほど驚いたものだ。

 だって、あの信雅だよ。

 勉強もせず、野球ばかりやってて、おまけに見るたびに違う女の子を連れて歩いている信雅が、ひょっこり早菜の高校に入学してきたものだから、びっくりぎょうてんだ。


 彼の中学校の成績があまりふるわないことも、母親経由でいろいろと知っていた。

 早菜の場合、夜も寝ず、テレビを観るのも我慢して受験勉強に励んだ結果、勝ち取った高校入試なのに、なんであの遊び人の信雅が入学できたのかは、いまだに理解できないままだ。


 お姉ちゃんが夜な夜な家庭教師として信雅を鍛え上げたらしいことは、ずいぶんあとになって聞いたが、それにしても運のいい人がいるものだと、ことあるごとにその当時を思い出す。


 早菜は小さなエレベーターに乗り、六階の彼の部屋に向かった。

 今度は玄関の鍵を開ける。

 ドアを開けたとたん、ひゅーっと風が通り抜けた。

 ベランダ側の窓が開けっ放しになっていたのだ。なんて無用心なんだろう。


 ここは六階やから、ドロボーなんか入ってけーへん、という信雅の自信たっぷりの言い訳は、すでに何度も聞いた。

 彼の自論が裏目に出ないことを祈るばかりだ。



 部屋の中をぐるっと見渡してみた。

 まあまあ片付いている。

 早菜のしつけが、少しずつ功を奏してきたようだ。


 リビング兼、寝室兼、キッチンも兼ねている六畳くらいのワンルームは日当りもよく、恋人同士になってまだ半年も経たない二人には、ちょうどいい広さの空間だった。

 バイトに行く直前まで、彼がここで休んでいたのだろうか。

 ベッドの上で無造作に丸まっているタオルケットの四隅を合わせ、きっちりとたみ、端に置いた。

 ゆがんだままの枕を真っ直ぐに整えようと動かしたら、下からポケットアルバムらしき物が出てきた。

 一ページに二枚ずつ写真が収められる、よくあるタイプのアルバムのようだ。


 最近の写真は携帯の中にデーターとして保存してある。

 ということは、このアルバムは古い物か、誰かからプリントアウトしてもらった物を整理してあるのだろう。

 早菜はそのアルバムを手にして、しばし考え込んだ。

 中を見てみたい。

 でも見てはいけないものかもしれない。

 もやもやとした感情が渦巻いた。


 でも。家の中の物は、携帯も含めて、何でも見て好きなようにしてくれたらええ、という信雅の言葉を思い出し、ためらいながらも、ベッドに腰掛けて開いてみた。


 少し怖かった。

 ハラハラ、ドキドキする。

 歴代の彼女たちが信雅に寄り添い、笑顔を浮かべてずらっと並んでいたら……なんて想像するだけで、指先が震えて泣きそうになる。


 恐る恐る開いた一ページ目。

 野球のユニホーム姿の信雅が、日焼けした顔で仲間たちと一緒に肩を組んで写っていた。

 場所は母校のグラウンド。


 全ページをざっとめくってみたが、どれも野球部関係の写真のようだ。

 なんや、そうなんや。心配して損したわ。

 早菜は、心持ちほっとした。


 もう一度最初のページに戻り、ゆっくりと見てみる。

 最後部の端にちょこっと写っている信雅は、仲間と肩を組み、あどけない顔をして笑っていた。


 当時はただのやんちゃ坊主にしか見えなかったのに、今改めて見てみると、なぜか胸がときめいてしまう。

 写真なのに、抱きしめてしまいたくなった。


 早菜はこんなにも信雅を愛してしまった自分が不思議でならない。


 そして次の写真は男性三人で写っているものだった。

 ユニホームを着た信雅がまん中で、両サイドに先輩らしき人物が立っている。

 その二人は私服のトレーニングウェアを着ていて、信雅よりかなり年上に見えた。

 日付を見ると信雅が高校一年の三月だ。

 一番、部活が楽しい頃。


 次のページをめくろうとして、はたと気付く。

 この右側の人、どこかで見たことがある。

 左側の人も、多分知っている、と。


 じっと目を凝らして見てみる。

 少し癖のある髪で、整った顔立ちをしたその人は……。

 間違いない。彼だ。

 早菜が尊敬してやまないあこがれのお姉ちゃんの彼氏だ。


 初めて彼の話を信雅から聞いた時、早菜は本気で心配して、お姉ちゃんの彼氏として認めたくなかった。

 どこの誰ともわからない人と結婚してしまうなんて、許せないことだった。

 おまけに、その彼氏はお姉ちゃんの同級生だという。

 結婚と恋愛は別物だと信じて疑わない早菜は、社会人経験も少ない未熟な彼との結婚なんて、絶対にありえない、お姉ちゃんが苦労するのをわかっていて、結婚を応援することなどできるわけがない、と鼻息も荒く、怒りを信雅にぶつけた。


 ところが。

 その話を聞いた直後に、思いがけず信雅から告白めいたことをされ、恋人同士になったとたん、お姉ちゃんの結婚に対する怒りが不思議と静まってきたのだ。

 そして、京都で彼に会い、一緒の時間を過ごすにつれ、お姉ちゃんが彼を好きになった理由が理解できるようになってきた。


 彼は、お姉ちゃんと同級生だとは思えないほどしっかりしていて、とても博識な大人びた人だった。

 二人はお互いをおもいやり、とても愛し合っているのが手に取るようにわかった。

 もう何も言えなかった。

 この人となら、お姉ちゃんは幸せになる、と直感でそう思った。


 お姉ちゃんとその彼氏は、九月に結婚することが決まっている。

 結婚式に招待するから、その日は空けておいてね、ともうすでにお姉ちゃんに言われている。

 来るなと言われても、必ず出席するつもりだ。

 小さい頃から世話になったお姉ちゃんの幸せな姿をきっちりと見届けて、祝福したいと思っている。


 そして、左側のもう一人の男性を見た。

 信雅より背が高く、がっちりした体型の人。

 この人は会ったことはない。

 でも昨日、別の写真を見せてもらっていて、その人が誰であるか早菜はすでに知っていた。

 多分、明日、結婚式を挙げる人。


 木戸翔紀先輩、だ。



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