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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 2
174/210

11.未来への架け橋 後編 

「部長……いや、木戸もいないのか? 」

「そやで。あと一時間くらいは帰ってこえへんと思うけど。それまで、いつもの練習メニュー、こなしとかなあかんし」


 なんでそんなわかりきったこと聞くん? と大西は訝しげな顔をして宏彦を見ていた。


「そうか。そうだったな……。じゃあ俺、教室にもどって、さっさと進路調査票、書いてしまうよ。それまで皆のこと、頼む。まかせっきりでごめんな」

「何他人行儀なこと言うてるん。俺にまかしとき。ほな、はよ東大でも京大でも何でもええから書いて提出してこいや」

「東大? あははは、まさか……」

「違うんか? でもまあ、そんなところやろ。おまえ、俺と違って頭ええからな。そう言えば鬼クロの進路指導は、めちゃめちゃ的確らしいで。卒業した先輩が言うてたわ。おまえもちょっとくらい欲を出して、将来のこと考えろや。俺かて模試の合格判定めっちゃ悲惨やった大学を、正々堂々と第一志望にしとーねんから」

「ああ、わかった。おまえのアドバイス、ありがたくもらっとく。じゃあな」


 宏彦は次第に肩の荷が下りて、楽な気持ちになっていった。



 南校舎の階段を二段抜きで駆け上がる。

 三階にある教室の前に立ち、後方の戸を開けた。

 本当に何も考えずに、いつもそうするように機械的に教室に足を踏み入れたのだが。

 窓側の席にぽつんと一人座っているクラスメイトの後姿がダイレクトに宏彦の視界に飛び込んできた。


「いけさか? 」

「えっ? 」


 肩まである髪を揺らせてこちらを向いたのは、紛れもなく池坂澄香だった。


「加賀屋君……」


 そんなにも不意を突いてしまったのだろうか。

 彼女はぽかんとしてこちらを見ている。

 けれど澄香を驚かせるつもりはなかったのだ。

 彼女の後姿を見た瞬間、何も迷うことなく自然にその名を呼んでいたのだから。

 しかし宏彦も同じようなものだ。

 澄香の口から加賀屋君と呼ばれるたび、大きく胸がときめく。

 今回も例外ではなかった。


「池坂も調査票書いてるの? 迷ってるのか? 」


 澄香の手元を見れば、宏彦が手に持っているのと同じ用紙が机の上に広げられていた。

 彼女も宏彦と同様、進路の再考を言い渡されているのだろう。

 尚も驚いた目をして何度も瞬きを繰り返す澄香をこれ以上見つめることが出来ない。

 心の内を知られないよう何食わぬ状態を装い、彼女に近づき話し続けた。


「俺も今、鬼クロから呼び出し喰らって。志望校をもう少し考えろって言われた。考えろったって、自分の能力相応のところしか行けないしな」

「そ、そうだね」


 澄香のそばまで来た時、彼女のつややかな髪が、またするっと揺れた。

 そうだねと言って頷く姿がどうしようもなく胸をかき乱す。

 ほんのり紅く染まった彼女の頬に思わずふれたくなるほど、宏彦は気持ちが高ぶっていた。


「さーて、とっとと書くとするか。ここ、いいだろ? 」


 もう少しだけ……。ほんのちょっとの間だけ、彼女のそばにいてもいいだろうか。

 澄香の前の座席に後ろ向きにまたがり、彼女と向き合って腰を下ろした。


 宏彦はこのタイミングで澄香と二人きりになれたことに何か言いようのない運命のようなものを感じていた。

 鬼クロに呼び出されたのが良かったのか。

 あるいは、部室の悲惨な状態が幸運を招いたのか。

 いや、実は大西がチャンスの女神なのかもしれない。

 願ってもいないこの状況に身を任せてみることにした。


 澄香の表情はくるくると変わる。

 ぱっちりとした大きな目でじっとこちらを見つめたかと思えば慌てて視線を逸らす。

 そしてまた目が合って。今度は宏彦が決まり悪そうに目をそむけるのだ。

 彼女との何気ない会話のやりとりで、次第に宏彦の心が幸福感で満たされていく。

 ところがそれとは裏腹に、こんなところをもし木戸に見られでもしたら、と思うと心がざわつき、罪悪感でいっぱいになる。

 彼との友情も、これで終わりになるかもしれないからだ。

 いや、でもそれは違うんだ、彼女とはただのクラスメイトとして、進路のことを話しているだけ。

 誰にも遠慮はいらないはずだ、と自分に言い聞かせてみる。


 けれど。宏彦の視線の先二十センチほどの距離にある澄香は、彼には眩しすぎて呼吸すらままならなくなる。

 やはりこの状況はまずいのではないか。額に変な汗が滲んでくる。

 これ以上近付くと、その髪にその頬にそして紅く染まった柔らかそうなその唇に、自分の唇を重ねてしまいそうになる。

 そんな自分が怖かった。


 奇遇にも、同じ学部を目指すと言う澄香にますます親近感を覚えるが、彼女は地元神戸に残ると言った。

 担任の黒川の助言もあって、東京の大学に進学する意志が固まりつつある宏彦にとって、それはある種、賭けのような心境だった。

 進学先をほのめかすことによって、澄香も上京してくれないだろうか。

 かなりのご都合主義だが、そうなってくれれば願ったり叶ったりだ。

 天にも昇る気持ちになるだろう。

 たとえ大学は違っても、同じ地域で暮らしていれば、お互いに助け合って学生生活が送れるかもしれない。

 少なくとも自分のことを嫌ってはいないであろう彼女が東京の大学を選択してくれれば、新たな関係が築けるかもしれないと考えたのだ。

 そう、あくまでも友人として。

 決して木戸の気持ちを踏みにじることはしないと言い切れる。


「俺は多分、東京に出る……。英語を武器に私立の推薦狙ってたけど、鬼クロの奴、国立にしろって言うんだ。まあその方が、親にも金の面で苦労かけずにすむしな」


 宏彦が自分の決断を澄香に告げようとした時、あろうことか、ほぼ同時に彼女が床にペンを落とした。

 恥ずかしそうにそれ拾う彼女を目で追いながら、祈るような気持ちで希望する大学名を用紙に書きとめた。


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