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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 2
173/210

10.未来への架け橋 前編

※こちらは、本編を読了後にお読み下さい。 

本編の7.高校2年生その4、8.高校2年生その5 の宏彦視点になります。



「おい、加賀屋! 」

「はいっ! 」


 低く重々しい声にはたと立ち止まり、振り返ると同時に反射的に返事をする。

 呼びかけた声の主を視野に捉えるや否や一瞬にして身構えた。担任の黒川だった。


「部活か? 」

「はい」

「その前に、ちょっと職員室に寄ってくれ」

「はい、わかりました。すぐに行きます」


 ユニホームに着替えたばかりの宏彦は、まさしく今、グラウンドに向かう途中だった。

 近くにいた部員に先に行っててくれと目配せをして、黒川が立っていた方向に走っていく。

 ところがグラウンドに面した西端の出入り口にいたはずの黒川の姿は、すでにそこにはなかった。


 いったい何の用だろう。

 本日提出期限の進路調査票はきちんと出したはずだ。自分には何も非がない、と思いたい。

 それとも、先日の模試の結果が思わしくないのだろうか。

 やや不安を覚えながら職員室のドアをノックした。


「入れ」


 すぐさま黒川の張りのある声が響き、再び緊張感が高まる。

 失礼しますと野球部員らしい切れのいい返事をし、帽子を脱いで黒川の机のそばに行った。


「加賀屋。進路のことだが……」


 机に広げられた調査票の記入欄をキャップがついたままのペンでコツコツと押さえながら、黒川が話し始める。

 どうやら模試の結果は関係ないようだが、記入した内容に不備があったのかもしれない。

 宏彦は少しほっとしたものの、黒川の次の言葉を聞くまでは楽観はできない。

 担任から目が離せなかった。


「加賀屋。まあ、座れ。そんなに硬くなるな」

「はい」


 隣の空席の椅子を勧められ、黒川と肩を並べるようにして席に着いた。


「おまえの選んだ進学先だが……。おまえなら指定校推薦で難なくここに書いてある希望の私立大学に進学できるだろう。でも、それでいいのか? 」

「えっ? あ、はい……」


 志望校に実力が伴わない、ということではなく、これ以上努力を必要としない進路の選び方に黒川は疑問を呈しているのだ。

 宏彦とて、記入した志望校に迷いが無いと言えば嘘になる。


「あ、その……。ここは父の出身大学ですし、家からも通えるので……」


 黒川を納得させるには、これでは志望動機として弱いとわかっていた。

 が、しかし。本当に行きたい東京の大学には二の足を踏んでいた。

 野球部のマネージャーだった先輩の片桐が来春から東京に行くと聞いたからだ。

 これ以上彼女と関わりたくないというのが正直な気持ちだった。


「うーーん。そうか。けどな、今から死に物狂いで勉強するなら、もっと上を狙えるんじゃないのか? いや、おまえなら実現できるだろう。自ら道を切り開くのもいいものだ。どうだ。もう一度考えてみないか? 」

「はい……」


 宏彦の心の奥を読み取るかのように、黒川の指導はしっかりと的を得ていた。

 言い返す言葉など、何も見つからない。

 

「いつもの加賀屋らしくないな。もっと自信を持て。さーてと、模試の結果からいくと国立だな。で、希望は商学部。うーん、それだとここも射程範囲内だ」

「…………」


 黒川が指した大学案内のとあるページを見て絶句する。

 まさしく宏彦が一番憧れている大学名がそこに記されていたからだ。


「おい、加賀屋。東京に出てみる気はないか? 」

「東京……ですか」

「ああ。まあ、ご両親のご意向もあるからな。でも前回の懇談会でおまえのお母さんは東京でもどこでも本人の希望を叶えてやりたいとおっしゃってたが」

「はい。親は別に反対することはないと思いますが。あの……」

「なんだ? 親元を離れるのは嫌か? 」

「そんなことはないです。関東には親戚もいますし。全く知らないところではありません。でも……。あ、いや、わかりました。もう一度よく考えてみます」

「よし。しっかり考えろ。おまえの一生のことだ。今日中に提出だ。いいな」

「はい」


 宏彦は調査票を手にし、一礼をして職員室をあとにした。




 部室はグラウンドの東端にある。

 陸上にサッカー、テニス、アーチェリーにソフトボール、ラグビー、と戸外で活動する運動部がひしめき合って、男女別に区切られた狭い居室を使っている。

 その中のひとつである野球部の戸をぎいっと開けると、中からカビと汗の混ざったような何とも表現し難い臭気がもわっと立ちこめ、宏彦は思わず顔をしかめた。

 足元に散乱している荷物をまたぎ越しながら進み、やっと奥にたどりつく。

 そして、手をのばして顔より少し高い位置にある窓をがらがらと開けた。


 室内を見渡してみた。

 目の前にある机の上は野球雑誌と持ち主不明のアンダーウエアで山積みだ。

 椅子すら部員たちの私物で占領され、座る場所は見当たらない。

 部室の見るも無残な惨状は、何も昨日今日に始まったことではなかった。

 ここで調査書を書こうと思ったのがそもそもの間違いだったのだ。


「よおっ! かがちゃん。遅かったやん。鬼クロ、何やて? 」


 戸口のところで仲間の声がした。


「ああ、大西。進路調査、もう一度考えろって言われた。ここで書こうと思ったけど……」


 この部屋の惨状を見てくれと言わんばかりに宏彦は大げさに落胆してみせる。


「ちょっと油断するとすぐにごちゃごちゃや。ほんま、ひどいな。ここでそれ書くんか? おまえ、それは無理やで。ムリムリ。やめといた方がええ。紙が汚れてまうわ。鬼クロにどつかれるで。思考力かて停止してまう」

「あははは、おまえの言うとおり、ここでは書けそうにないな」

「そやそや。ここはあかん。はよ教室でもどこでも行って書いてこいや。今日は部長も監督もおらへんし、さっさと俺たち二年が行かな、一年のやつら、グラウンドで好き勝手しよるからな。ホンマ手のかかる後輩や」


 大西が椅子の上にあったキャッチャーミットをつかんで部室を出ようとする。


「なあ、大西」


 宏彦がすかさず友人を呼び止めた。


「なんや? 」


 大西はきょとんとして宏彦を見た。


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