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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 2
168/210

5.想いは時を越えて その後の物語 その1

「ひろひこ……」

「なに? どうしたんだ? 」

「あたし、そろそろ、夕食の用意をしなくちゃ……」


 澄香はとろんとした目で宏彦を見上げながら言った。


「なんで? そんなことより、俺はずっとこうしていたい」


 宏彦の腕が、一層強く澄香を引き寄せ抱きしめてくる。


「お願い、宏彦。あたしの言うとおりにして。もうすぐお母さんも帰ってくるだろうし、それまでにいろいろと準備しておきたいの……」


 宏彦の胸に手のひらを当てて、身体を引き離そうとしたのだが。しかし。


「だめだ。どこにも行かせない。俺がどれだけ澄香に会いたかったかわかるか? やっとこうやって俺の腕の中の澄香の存在を確かめたばかりなんだぞ。それなのに、もう離れてしまうなんて」 

「でも……。こんなところ、お母さんに見られたら恥ずかしいし」


 澄香は彼の胸元に顔をうずめて言った。


「ここに来る寸前に離れればいいだけだ。部屋を片付けているふりをすれば完璧だろ? 」

「そんなにうまくいくわけないじゃない。絶対に怪しまれるって」

「誰に何と思われようが、俺は別にかまわない。妻と一緒にいて何が悪い」

「つ、妻って……」


 澄香は激しく動揺してしまう。

 彼の一言一言に過激反応するのは、そろそろ辞めようと思うのだが、妻という特別な響きに酔いしれる自分がいた。


「そ、そりゃあ、一緒にいても悪くはない……けど……」

「そうだろ? ならもう少しこのままで」


 宏彦に抱きしめられ、再び彼の口づけが蝶のように舞い降りてくる。

 髪に額に、そして頬に。優しく掠めるように行き来を繰り返し、澄香を彷徨い続ける。


 ようやく宏彦の操る蝶が澄香の唇で羽を休めようとした時、彼の目がはっと見開き、そのまま動きを止めてしまったのだ。


「どうしたの? ひろ」

「しっ、静かに……」


 突然顔を離した宏彦が、窓の方向を見て、耳をそばだてる。

 そして、無情にも抱きしめていた腕を解いてしまったものだから、澄香は突如その場にぽつんと取り残されたようなわびしさに襲われる。

 

「さあ、大急ぎでダンボールを片付けよう」 

「ど、どういうこと? ねえ、宏彦、急にどうしたって言うの? 」


 澄香はその変わり身の早さが理解できず、腰を屈めてダンボールをクローゼットに戻そうとする彼の背後から声を荒げるのだが。


「帰って来た」

「えっ? 」

「だから、お袋が帰って来たんだ。今、車の音がしただろ? 」


 澄香は慌ててエアコンのスイッチを切り、窓から外の様子を窺った。

 確かに。さっきまでなかった車が、車庫に入っているのが見えた。

 締め切った室内で、冷房の送風音に囲まれながら宏彦との逢瀬に舞い上がっていた澄香は、全く車の気配に気付かなかったのだ。

 そうこうしているうちに階段のきしむ音と共に、あらあら、まあまあという声がドアの向こうでこだまする。


「澄香ちゃん、ただいま。宏彦は? 帰って来てるの? 」


 母親が陽気な声で訊ねながら、ノックもせずにドアを開け室内を見回す。



 もちろん澄香は、腕の中に山のような贈答品の箱を抱え込み、宏彦はクローゼットの前でさも忙しそうに立ち働いている……という完璧なまでの構図が出来上がっていたのは言うまでもない。


「あら、やっぱり、ここにいたのね。宏彦お帰り。早かったじゃない」

「ああ。ただいま」

「仕事はどうだった? 」

「フツーだよ」

「普通って……。体調は? お腹は大丈夫? 」

「すこぶる絶好調だ。それより俺の部屋、ひどいことになってるな。まるで荷物置き場だ。足の踏み場もない」

「仕方ないでしょ。うちにあった未使用の日用品の中から必要な物だけ澄香ちゃんに選んでもらってる最中なのよ。あらら、澄香ちゃん! 」


 母親が急に矛先を澄香に向けたかと思うと、パタパタとスリッパの音を立てて澄香のそばに駆け寄って来た。


「そんなに持ったら重いでしょ? ほら、宏彦。あなたが持ってあげなさいよ。ホント、気が利かないわね」


 澄香の持っていた箱が一瞬のうちに母親に奪い取られたかと思うと、そのまま横できょとんとした顔をして立っている宏彦の手にどしんと渡される。


「澄香ちゃん。いいもの買ってきたのよ。岡本で素敵なケーキ屋さんを見つけたの。雑誌にも紹介されたことがあるって、店内に切り抜いた記事が飾ってあったわ。行列が出来ることもあるんだって。フルーツタルトにロールケーキ。お茶は何がいいかしら。ここは宏彦に任せて、私たちは下のリビングに行きましょう。ね、早く」


 澄香ははしゃぐ母親に手を引かれ、部屋から無理やり連れ出されそうになる。


「お、おい! なんで俺一人で? 」


 自分の腕の中の荷物に気付いた宏彦が、理不尽そうな視線を澄香に投げかける。


「宏彦、ごめんなさい。お茶の用意が出来たら、呼ぶから……」


 母親の手を振り切るわけにもいかず、擦れ違いざまにそれだけ言い残して、澄香は部屋を出た。


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