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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 2
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2.想いは時を越えて その2

 澄香が一人で彼の実家を訪れたのは今回が初めてだ。

 彼の父親も出張がちなため、加賀屋家はひっそりと静まり返り、澄香の足音だけが室内に響く。

 宏彦の部屋は適度に冷房が効き、七月とは思えないほど快適な空間になっていた。

 まずは何から取り掛かればいいのだろう。

 澄香は部屋の真ん中にたたずみ、心地よい冷風を背に受けながらも、しばし途方に暮れた。

 すると、おのずと答えは見つかった。

 足の踏み場もないほどに積み上げられた贈答品の箱を確認するのが先決ではないかと。


 こんなの、いったい誰が使うのだろう……。

 ありえないほど派手な色合のバスマットはこの際見なかったことにして、部屋の隅にこそっと追いやる。

 そして次に覗いた箱にすっかり目を奪われるのだ。

 これはいける。十分にありだ。

 小花柄が散りばめられた上質のタオルセットは、来客用に活躍しそうだ。

 その下にあった大きな箱からは、どっしりとしたホーロー鍋が顔を覗かせる。

 楕円形のそれは澄香が欲しいと思っていたフランス製のル・クルーゼ。

 ネットで調べても結構値の張るものだったので買うのをためらっていたのだ。

 本当にもらってもいいのだろうか。

 母親の優しい気遣いが、じんわりと心にしみてくる。

 そうやって新居で使えそうなものが、澄香の右側に次々と重ねられていく。


 ほぼ全部見終わった頃、クローゼットの扉の前にほどよい空間が現れた。

 いよいよその中を見る時がやってきたのだ。

 いくら宏彦の許可をもらっているとはいえ、彼のプライバシーを侵害するようで、あまりいい気はしない。

 見たいような、見たくないような。

 指のすき間からサスペンスドラマのクライマックスシーンを覗き見るような感覚で、尻込みしながらもクローゼットの扉を開けてみた。

 冬物のコートやジャンパー、スーツ類がかかっている下にダンボールがいくつか置いてある。

 この中に雑貨や文房具が入っているのだろうか。

 オーディオのイラストが印刷してある電気メーカーのロゴが入った大きなダンボールを引っ張り出し、上部で閉じられた蓋を恐る恐る開く。

 が、しかし。何もそこまで気にする必要はないのではないか。

 引越しの準備を手伝う感覚で、機械的にこなせばいいだけのこと。

 澄香は自分自身に言い聞かせ、てきぱきと作業を続けることにした。


 一番上には未開封のままのストライプシャツが載っている。

 その下にはこれまたタグがついたままのトレーナーやTシャツ数枚が出てきた。

 どこかの土産品のようだ。

 それらを取り除くと、小さめのダンボールが顔を覗かせる。

 それを取り出し、再び蓋を開けると。

 ペンやノート、置物などがぎっしりと詰められているのが目に入る。

 あきらかに日本製ではないものも混じっていた。

 イギリス滞在中や出張で買ったものなのだろう。

 リビングに飾っておくのにぴったりな小さな額もある。

 将来、中の絵葉書を結婚式の写真と入れ替えることも出来そうだ。

 陶器の小さなペア人形も玄関の棚に並べたらかわいいかもしれない。

 澄香の知らなかった時代の宏彦が箱の中から次々と姿を現すようで、それは心躍る瞬間でもあった。

 そして、底にあった馴染みの洋菓子の缶を最後に取り出し、条件反射のようにそれを振ってみた。

 まさか食品がそのまま残っているなんてことはないだろうと思いながらも、かさかさと音を立てる中の物が何なのか、気になって仕方ない。

 ぴったりと合わさった缶の蓋と本体を手で支え、ぱかっと開けてみた。

 手紙だろうか? 日本語で書かれた物と、英語で書かれた物が入り混じってそこにあった。

 英語表記の大きなサイズのものは、カードのようでもある。

 大学の時、海外留学をしていた友人からクリスマスカードが送られてきたことがあったことを思い出す。

 きっとそれに類似した物なのだろう。

 さすがにこれは中身を見るわけにはいかない。

 個人に宛てて送られたものなのだ。Hirohiko Kagayaとはっきりと宛名が読める。

 それが過去のガールフレンドから送られたものであっても、別にかまわないと思った。

 宏彦の想いをしっかりと受け止めている今の澄香は、どんなことがあってももう二度と気持が揺らぐことはないと確信しているからだ。

 宏彦の青春のひとコマを身近に感じられただけで十分。

 そのまま蓋を閉じて元に戻そうとしたのだが……。


 その中にいくつか見え隠れする漢字の宛名の中に、池という文字が見えたような気がした。

 上に重なっていた封筒が横にずれ、池坂という漢字が露わになる。

 間違いない。池坂澄香様という宛名の文字が、澄香の目に真っ直ぐに飛び込んで来た。


 でも、どうして? 

 なぜ自分宛の封筒がここにあるのだろう。出張先で出しそびれたとでも? 

 住所も何もない、ただ名前が書かれているだけのシンプルな封筒。

 だが、その封筒がやや古びて見えるのは、気のせいだろうか。


 澄香は次第に高鳴る胸を押さえつつ、震える指でそれを手に取った。


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