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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 2
164/210

1.想いは時を越えて その1

番外編最終話からひと月ほど経った夏の休日のひとコマです。

ちょっぴり甘めの物語を書いてみました。

「澄香ちゃん。必要なものがあったら、何でも持って行ってね。遠慮なんていらないのよ」

「あ、ありがとうございます」


 所狭しと床一面に積んである贈答品や未使用の日用品が、どどーっと澄香の視界を占領する。


「タオルもシーツも。毛布だってあるのよ。お鍋や食器もこんなに……。そうそう、蚊取り線香を焚くブタさんもあったはず。でも、マンションなら、蚊はあまりいないのかしら……」

「はい。戸建てよりは少ないような気がします」

「だったらブタさんは必要ないかもね。それにしても暑いわ、この部屋……。冷房が効かなくなったのかしら? 」


その人は自分の手でパタパタと仰いで顔に風を送りながら、天井に近い位置に設置してあるエアコンの室内機を見上げ、残念そうに眉を潜めた。


「そんなことないですよ。少しずつ効いてるみたいです」


 決して口答えをするつもりはなかったのだが、澄香は正直にそう言った。

 さっきまで汗ばんでいた肌がさらっとしてきたからだ。

 今朝、シャワーの後に使ったパウダーの甘い香りが澄香の鼻をくすぐった。


「ならいいんだけど……。あと、クローゼットの中にも、あの子が使わなかった衣類やイギリスにいた時に買った雑貨や文具なんかもいっぱいあるはず。宏彦に言っても、忙しいの一点張りで。ちっとも手をつけようとしないんだもの……。ホント、困っちゃうのよね。澄香ちゃん、この際全部引っ張り出して、使えそうにないものは処分してちょうだいね。出張前にちゃんとあの子から了解は取ってあるんだから、澄香ちゃんの思うようにしていいのよ。それでないと、ここにあるものを全部そのまま運んだとしたら……。そのうちあなたたちの新居も、ガラクタで埋め尽くされてしまうかもしれないわね」

「そんなあ……。あたしだって、それは困ります」

「そうでしょ? 澄香ちゃんならわかってくれると思ってた」


 澄香の同意を得た母親はさも満足そうに大仰に頷く。


「それじゃあ、遠慮なく整理させてもらいますね」


 澄香は手を腰に当て、やる気がぐんぐん高まってくるのを全身で感じていた。


「澄香ちゃん、よろしくね。ホント、誰に似たのかしら。あの子ったら、整理整頓が苦手なくせに、物が捨てられない性格でしょ? この部屋だって、もう使わないんだし、壁一面の本も処分するか、必要なものだけでもマンションに持って行ってくれれば、ここを来客用のベッドルームに出来るのになあって、密かに計画してるんだけど。あなたたちが泊まりに来た時も、もうひとつベッドがある方がいいと思わない? 」


 宏彦とそっくりな目鼻立ちをした母親が、目尻に少し皺を刻みながら、にこっと微笑む。


「そ、そうですね」


 澄香は宏彦の部屋を見渡しながら、遠慮がちに頷く。

 母親は簡単に処分しろと言うけれど。

 澄香には宏彦の物すべてが宝物のように思える。

 彼が子どもの頃から使っているこの部屋を、まるごと抱きしめたいくらい、愛おしくて仕方ないのだ。

 新居が思い出の品で占領されるのは本意ではないが、彼が大切にしてきた品々を本当にスパッと処分できるのか、次第に自信が無くなってくる。


 ここは宏彦の実家の二階にある、彼の部屋だ。

 シングルベッドと壁一面の本棚。その中にはまだぎっしり本やノートが詰まっていた。

 彼の母親が言うとおり、確かに宏彦は片づけが得意な方ではない。

 けれど、澄香にとって我慢ならないほど酷いわけでもなく、今の一人暮らしのマンションも休日にちょこっと掃除機をかけるだけである程度はきれいになるので、取り立てて気になることもない。

 きっと弟の信雅との生活で十分に免疫ができているのだろう。

 一般的に男の子はみんな多少なりともルーズな部分を持ち合わせているものだと思っていた澄香には、宏彦の至らない部分すらも愛してやまないのだから。


「さーてと。夕方には戻ってくるから、それまで留守番をお願いしてもいい? 」

「ええ、もちろん。夕飯の支度も、何か準備することがあれば言ってください。あたし、お母さんが帰ってくるまでに……」

「んもう、澄香ちゃんったら! 何もそこまで気を遣わなくてもいいのよ。そうね……。夕食は美津子さんにも声を掛けて、みんなで一緒に、この前芦屋に出来た新しいカフェレストランにでも行きましょう。ね、澄香ちゃん。そうしましょうよ! 」

「で、でも。今夜、宏彦……あっ、いや、宏彦さんが帰国するんだし。何か作ってあげたいなって、そう思って……」

「あらあら……。澄香ちゃんってば、本当に優しいわね。でもね、澄香ちゃん。結婚前からそんなに甘やかさなくてもいいのよ。最初が肝心なんだから。あなたの笑顔があればそれで十分だと思うの。澄香ちゃんを見たとたん、出張の疲れなんて取れちゃって、次の日にはまたホイホイ仕事に行くに決まってるんだから」

「あ……はい」

「やだ、そんなに落ち込まないで……。はいはい、わかりました。今夜は澄香ちゃんのしたいようにしてくれたらいいわ。だいたいの材料は冷蔵庫にあるし、私も帰りに何か買ってくるから。あっ、いけない、急がなくちゃ」


 澄香は、あわてて階段を下りていく母親の後をついていく。


「お母さん、気をつけて。いってらっしゃい」

「はいはい、行ってきます。なんだか嬉しいわね。宏彦にこんな風に見送ってもらったことなんてないもの。ありがと、澄香ちゃん。あまり根を詰めすぎないように、作業はほどほどにね。それじゃあ……」


 三十代に見間違われることもあるくらい若々しい宏彦の母親が乗り込んだ車を見送り、戸締りをして、澄香はまた二階に戻っていった。


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