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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
163/210

29.恋の予感 その2

 雨が上がり、街路樹の葉から雨のしずくがしたたり落ちる。

 車が水しぶきを上げ、澄香のすぐそばを走り抜けた。

 その時、前を歩いていた宏彦が振り向き、ったく……とつぶやくように口走り、澄香の手を掴んできた。

 車道側に立った宏彦が、何もなかったように歩いていく。

 いつものように。お互いの指を絡ませながら。


「遅かったな」


 宏彦は前を向いたまま、ぶっきらぼうにそう言った。


「うん。ごめんね。チサといると永久に話が終わらなくて……」

「だろうな」

「さくらさんたちは? 」


 すでにどこにも姿が見えなくなっている二人の行方を訊ねる。


「帰った。木戸のやろう、待ってる仲間たちに、さくらさんの口から謝らせると言ってきかないんだが、もういいと言って無理やり帰らせたよ。これ以上、彼女に負担をかけるのはよくないだろ? 待ってる仲間に連絡入れたら、おまえももう戻ってこなくていいと言われた」

「そ、そうなんだ」


 今から片桐に真相を訊ねるつもりだったのに、肩透かしを食らった気分になる。

 二人の間に沈黙が訪れる。

 宏彦は何も言わない。すれ違う車の音しか聞こえなかった。

 口をつぐんだまま、繋がった手だけを頼りに、駅に向かって歩いていく。


「あの二人。もう大丈夫だろう。さくらさん、チサさんの言うことを素直に聞いていたぞ。あの人、澄香のメールでイメージしていた人と、いい意味で違うんだよな。気さくで、優しい人だな。で、一緒にいた吉山ってやつとチサさんはうまくいってるのか? 」


 あまりにも唐突に話しかけてくるものだから、すぐに言葉が出てこない。


「えっ? あ、う、うん。少しずつだけど、進んでるみたい」

「そうか」


 信号で立ち止まる。またもや話が途切れた。

 さくらさんを探している時に言い争ったことがまだ尾を引いているのだ。

 いっそのことはっきりと訊いた方がいいのかもしれない。

 あのことを。片桐とまだ連絡を取り合っているのか……と。

 青に変わり、さっきより人通りが多くなった濡れた道を、黙々と横断する。

 このまま電車に乗って、それぞれの駅で降りて。

 わだかまりを抱えたまま、今夜は別れてしまうのだろうか。


「かがちゃーん。おーい、かがちゃーん! 」


 JRの高架下までやって来た時、思ってもみない瞬間が向こうからやってきたのだ。

 それは何の前触れもなく、突然の出来事だった。


「なんや、おまえらまだここにおったん? 今日はご苦労さんやったな。池坂も、大変やったなあ。探してくれて、サンキューな。木戸に成り代わって、お礼申し上げます……あははは」

「お、大西君! 」

「大西君やあらへんで。なあなあ、これ見てーな。このボストンバッグ」


 大西が差し出したのは、さくらが持っていたボストンバッグなのだが。なの……だが……。

 澄香の視線は、大西の隣でほろ酔い加減でまとわりつくように腕を絡める、よく知ったその人。

 そう。片桐に向けられたまま、ほんのわずかたりとも動かせなくなってしまったのだ。

 どうして片桐が大西の隣に?

 それも、まるで恋人同士のように腕まで組んで……。


「木戸に連絡したら、今から取りに戻る言うねんけど。どうせ、俺の家もあいつの実家の近くやから、ほな、持って行ったるわ、って言うてしもてん。俺ってホンマ、天使のような男やと思わへん? しょうがないから、今からあいつのとこに届けに行くわ」

「んもう、ヒロトったら、どこまでも人がいいんだから。ってことで、今から行ってきます。宏彦、池坂さん。またね」


 酔っているのは間違いない。

 が、しかし。

 今確かに片桐が言ったのだ。ヒロトと。

 大西の名前は、ヒロトと言うのだろうか。

 そうだ。大西浩人だ。授業の前に出席確認で、先生がそう呼んでいたではないか。

 そして、恋人同士のようにぴったりと寄り添って、頬を染めて目を合わせる二人。

 と言うことは、片桐が電話をかけていた相手が、大西だったとでも?



 澄香の頭の中は、何がどうなってしまったのか、全く考えがまとまらなくなっていた。

 大西と腕を組んでいた片桐。そして、大西の名前はヒロト……。


「あっ、そうや。かがちゃん、クッスンと新田やけど。これから二人で飲み直すんやて。明日の結婚式のサプライズはあいつらが企画してくれるそうや。次はおまえらの結婚式やな。池坂。頼むから式の前日に逃げ出さんといてな。おまえらの後は、俺と先輩が続くから。楽しみにしといて。じゃあな」

「ひ、ヒロト。あなた、今なんて言ったの? あたし、そこまで了解した覚えはないわよ! 」

「う、る、さ、い! もう、おまえは黙っとれって。俺の言うとおりにしとったらええねん」

「そんな……。横暴すぎる。あたしはね、そんな簡単に結婚を許す女じゃないんだから。それにあたしの理想は、ヒロトみたいに熊みたいな人じゃなくて、あ、いや、顔はその、好みよ。ヒロトみたいな顔がタイプ。身体の相性もいいけど、それと結婚は別なんだから……」

「だーかーらー。ほんまにおまえは、ぐちゃぐちゃとうるさいんじゃ! 」

「ヒロトが……なのよ! ほんとにあなたって人は……」

「はいはい、俺は……ですよ……」



 言い争いながらも仲睦まじく遠ざかっていく二人をぼんやりと眺めていると。

 ふふっと宏彦の小さな笑い声が澄香の耳に届く。


「宏彦……」

「なに? 」

 宏彦が笑いを堪えるようにして、澄香を見る。

 そして。澄香も宏彦をじっと見つめて。


「今夜、西宮のマンションに……。泊まっても、いい? 」


 つないだままの宏彦の手が一瞬硬直したように動きを止めたあと。

 慈しむようにふんわりと。

 澄香の指のひとつひとつが宏彦に優しく包み込まれた。


番外編3.六月の嵐は29話をもちまして、完結いたしました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次は特別編に続きます。





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