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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
162/210

28.恋の予感 その1

「チサさん、吉山さん。今夜はありがとうございました。おい、さくら。おまえもちゃんと礼を言わないと」

「あ、ありがとうございました」


 木戸に促され、さくらがぴょこんと頭を下げる。


「じゃあ、僕たちはこれで……」


 チサに励まされ、元気をもらったのだろう。

 すっかり落ち着きを取り戻したさくらを伴い、木戸は今から実家に帰るという。

 ホテルでの宿泊はすでにキャンセルしたらしく、そんな強引な決断を下した木戸に、意外にもさくらが素直に従っている姿に、澄香は目を見張った。


「先に下りているから……」


 宏彦が澄香に向かってそれだけ言い、チサに会釈した。

 そして、木戸とさくらの後に続きエレベーターホールに向かったようだ。


 玄関先に取り残されたようにたたずむ澄香に、にやっとするチサと、さっきから何もしゃべらずに突っ立っているだけの仁太の視線が浴びせかけられ、ますます居心地が悪くなる。


「チサ、吉山君。今夜は迷惑かけちゃって、ごめんね」


 今澄香が言えるのはこれだけだ。

 澄香自身のことならまだしも、第三者である宏彦の友人のいざこざにまで巻き込んでしまった上、過去に告白された同僚と宏彦が鉢合わせしたのだ。

 この微妙な空気はちょっとやそっとでは拭い去れないだろう。


 それに。チサは木戸との過去も知っている。

 澄香に関する全ての駒をその手に握っているチサには、もう手も足も出ない。

 早々に諦める方が身のためだと悟る。


「迷惑だなんて……。澄香ったら、なに言ってんのよ。それにしてもこういうことになってるなら、なんで電話の時に言ってくれなかったの? さくらさんとは、二月のあの時以来、結構頻繁にメールで連絡取り合っててさ。チサさんを結婚式に呼べなくてごめんなさい……だなんて、つい三日前にも彼女らしいかわいいメールをもらったばかりなんだから。しっかり祝電も打ったっていうのに、このままあの二人が別れたなんてことになってたら、あたし、ショックで寝込んでしまうところだったし」

「チサ……。だって、チサは吉山君と、その……。大切な時間を過ごしてたんだし。巻き込んじゃ悪いかなって、思って」

「んもう! 澄香ったら、水臭いよ。吉山君とは別に今夜だけじゃなくても、いつだって会えるんだし。ねえ、吉山君? 」


 突然話を振られた仁太が、たじろぎながらもこくこくと頷く。


「さくらさんは、一生の一大事だったんだよ。電話の時、澄香の様子がおかしかったから、なんか気になって。早めにマンションに帰ってみれば、ありえないほどのイケメン君とさくらさんがエントランス前にいるんだもの。もうびっくりしたのなんの。あたしは前に一度紹介してもらったから、すぐに宏彦君だってわかったけど。それにしても、初めて彼を見た吉山君の驚いた顔ったら。ホント、澄香にも見せたかったな」


 からからと笑うチサの隣で、仁太が苦笑いを浮かべる。


「チサ、その話はもう……。でもチサが帰って来てくれて、本当によかった。宏彦だけじゃ、さくらさんを説得できなかったかもしれないし。二人には、感謝してもしきれないよ。ありがとう。チサ、吉山君」

「あっ、いや、そんな。感謝されるほどのことでも……」


 照れながらも、ようやく澄香に向かって仁太が口を開いたのだが。


「そんなの、澄香が気にすることないって。それより、澄香。あんたたちさあ、ちょっと変じゃない? 」


 瞬く間にチサが仁太を遮り、痛いところをチクリと衝いてくる。


「変? えっと、あんたたちって言うことは、あたしと……」

「そう。澄香と宏彦君。なんかさあ、よそよそしいっていうか、距離を感じるっていうか。ねえ、澄香。何かあった? 」

「あっ、う、うん、まあね。ちょっと行き違いがあって。でも、もう大丈夫だから。えっと、そうだ。いつまでもこうしてるわけにはいかないし。あたしもそろそろ行かなくちゃ。それじゃあ来週、会社でね。またメールする」


 これ以上話すと帰れなくなってしまうのではないかと不安になった澄香は、玄関のドア越しに半身を覗かせるチサに手を振り、足早にエレベーターホールに向かった。


「澄香! メール待ってるよ。心に溜め込まないで、何でも相談してよね。わかった? 」


 チサの声が、澄香の背中を追う。


「わかった。チサ、ホントにありがとう。絶対にメールするから……」


 廊下の端でもう一度振り返り、携帯を持った手を掲げるようにして声を抑えつつ答える。

 それでも静まり返ったマンション内に、澄香の声がはっきりと響き渡った。

 チサの優しさに胸が熱くなる。

 澄香はエレベーターに乗り込み、とにかく宏彦の元へ行こうと急いだ。


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