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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
158/210

24.交差点 その1

澄香視点になります。

「運転手さん。すみませんが、冷房止めてもらえませんか? 」


 ようやく通りかかったタクシーに乗り込むなり、木戸が雨に濡れた澄香を気遣いそう言った。


「池坂、寒くないか? 」


 少し間を空けて隣に座った木戸が、澄香に訊いた。


「う、うん。大丈夫……」


 冷房を切ってもらったとたん、寒さは感じなくなったが、依然、体が冷えたままなのは変わりない。

 手のひらで腕をさすり、わずかばかりの暖を取る。


「えっと……。どっちに送ればいい? 」


 木戸が遠慮がちに訊ねる。

 つまり、実家か宏彦のマンションのどっちに行けばいいのかと訊いているのだろう。

 けれど、まだ宏彦と一緒に暮らしているわけではないので、選択肢はひとつしかない。


「あの……。実家で。西宮のマンションは、まだ……」

「そうだよな。まだあいつと結婚したわけじゃないもんな」


 木戸が澄香の実家の町名を告げると、ドライバーが待ってましたとばかりに車を発進させた。

 ワイパーが時々思い出したかのように左右に揺れる。

 雨が小降りになったようだ。


「なあ、池坂。加賀屋とは、その……。いつもあんな感じなのか? 」


 木戸が言いにくそうに訊ねる。

 宏彦との激しいやり取りの一部始終を見られていたのだ。

 不仲の理由を訊きたくなるのも当然だろう。


「そんなことないんだけど。ただ……。あっ、いや、なんでも……ない」

「ほんとに、何もないのか? 俺の推測だが。池坂が加賀屋に辛く当たるのは、もしかして、先輩のせい? 違う? 」

「あ……」


 澄香は木戸の的を得た推測にドキっとする。

 先輩とはもちろん片桐のことだ。

 彼女のことが諍いの原因であることは間違いないのだが、あからさまにそうだと肯定するのもためらわれる。

 見栄を張るわけではないが、嫉妬深い女だと思われたくない感情がどうしても優先してしまうのだ。


「池坂は、加賀屋と先輩のことを気にしているんじゃないかと、そう思った」

「木戸君……」

「もしそうなら、何も心配いらないよ。加賀屋と先輩は何もない。それに先輩は……」

「木戸君、もういいの。慰めの言葉なんて、いらない。宏彦は、片桐さんとは今後一切関わらないって言ったのに。それなのに、そんな話は全くの嘘で、やっぱり二人は今でもつながってて」

「池坂。いったい、何の話をしてるんだ? 加賀屋と先輩のどこがつながってるって言うんだ? 池坂、これは高校時代の話だから、気を悪くしないで聞いて欲しい。実は俺も、高校時代は先輩と加賀屋の関係を疑っていたこともあったけど。でもあいつは、違うと言っていた。海外生活の経験者同士、一緒にいることは多かったけど、恋愛感情は全くなかったみたいだぞ。先輩があんな人だから、誤解を招きやすいんだよな。結局、加賀屋は、いつだって君のことしか……」

「だから、そうじゃないって。木戸君は、何もわかってない。二月のことだけど……。話を聞いてくれる? 宏彦と付き合い始めて、まだあまり日が経ってない頃だったけど、彼があたしに内緒で、あの人と。そう、片桐さんと二人で会ってて」


 あの日の光景が再び鮮明に蘇る。澄香はどうしても木戸に事実を知ってもらいたかったのだ。


「え……。嘘だろ? なんだよ、それ……」


 木戸の表情が曇り、声が次第に小さくなる。


「これは嘘じゃない。本当のことだもの。宏彦に訊いたってかまわない。あたしが宏彦をびっくりさせようと思って、彼の寮に押しかけて帰りを待っていたら。そしたら、そこに片桐さんも一緒に帰ってきて。でもね、その時、あたしは信じたの。宏彦の言うことをちゃんと信じた。片桐さんのひとりよがりだってことを、納得したつもりだった。それなのに、また……」

「また? 」

「そう。二人はまだ連絡を取り合ってるみたいなの。宏彦が片桐さんに特別な感情を持っていないのは信じたいと思ってる。でもね、片桐さんは、今でも宏彦のことを忘れていない。そして、そんな片桐さんを、宏彦は突き放せないないの! あんなにきれいで大人の女性を感じさせる人から好意を持たれて、拒否できる人なんて、いないと思う」


 澄香は唇を震わせながら、すべてをぶちまける。


「聞き捨てならない話だな。でも本当に先輩は、加賀屋のことをまだ思ってるのか? 俺はそうは思わないけどな。今日だって、そんな風には見えなかったし。それに、大西が……」

「木戸君は何も見てないから、そんなことが言えるのよ。今日だって、あたしたちが片桐さんと店の前で別れた後、外に出てきた宏彦とじゃれ合ってて。腕なんか組んで、顔を見合わせて……。だから、もうやめて。いや。いやなのよ。片桐さんの話は、もういい。何も聞きたくない」


 澄香はここがタクシーの中だというのは百も承知だった。

 でも、こみあげる感情を抑えることができないのだ。


「池坂。わかったよ。わかったから……。お願いだ。落ち着いて。もうすぐ君の家だよ。帰ったら風呂に入って、ゆっくり休むといい。運転手さん、その交差点を左にお願いします」


 宏彦の実家をよく知っている木戸は、このあたりの地理に詳しい。

 澄香に代わって、乗務員に行き先を細かく指示するのだが。


「右……。右に行ってください」


 澄香は思わず自分の家とは反対方向を口走っていた。

 こんな気持のまま、家になんか帰りたくなかったのだ。


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