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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
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23.憧れの人 その2

 宏彦は、立ったままおろおろしている楠木と新田に座れと目で合図を送り、空になった二人のグラスにワインを注ぐ。

 が、しかし。片桐と大西の会話に、宏彦も他の二人も、思わず聞き耳を立ててしまった。

 窮地を救ったなどとのっぴきならないことを言うではないか。

 大西に何があったというのだろう。

 片桐は木戸の席に我が物顔で座り、尚も向かいの大西に食い下がる。


「あたしの予想通りだったでしょ? あの後輩マネージャー、去年から別の男がいたんだから。あたしもずっとおかしいと思ってたのよ。一度あの子をぎゃふんと言わせたかったから、あたしもすっきりしたけどね……」


 大西の彼女は、一年後輩の野球部のマネージャーだった。

 彼女が入部するなり大西にアタックを繰り返し、それに負けた大西が八年間も付き合っている……彼女なのだが。

 大西が彼女とうまくいっていないことは、宏彦も薄々気付いていた。

 そしてその二人が、片桐の手助けで別れたと言うのだ。宏彦は、衝撃の事実に息を呑む。


「わ、わかったから。何も、みんなのおる前で、そこまで言わんでもええやろ。先輩、もうそれくらいで堪忍してえな。元カノのことは、俺の史上最大の汚点や。彼女を大事にできなかった俺も悪いけど、影で別の男とできとった元カノも到底許されへん……。あ、そやそや、みんなにも、謝まらなあかん。先輩がここに来ること、黙っとってごめんな。なんか言い出しにくくて、タイミング逃してもた。でもな、この人、みんなも知ってるとおり、口も意地も悪いけど。俺にはええ先輩なんよ」


 大西が照れながらそんなことを言う。

 宏彦は思わずそのとおりだと頷きそうになるのを、どうにか堪えた。

 そんな片桐のような人間のどこに救いようがあるというのだろう。


「ちょっと、口も意地も悪いって、どういうこと? あたしはただ、感情的になりやすいってだけよ。普通の人は心にとどめておけることが口に出てしまうだけ。悪気はないんだから。なのにひどすぎやしない? ねえ、浩人。どうなのよっ! 」


 片桐がまたもや大西に噛み付く。


「……先輩は黙っとけ。もうこれ以上、何も言うな」


 大西の一言に、片桐が口をぽかんと開けて固まった。

 いつも穏やかな大西が、片桐を一瞬にして黙らせたのだ。


「俺は、そんな先輩の性格もひっくるめて、全てを尊敬してるし、頼りにしてるんや。おまえらは知ってるやろ? 昔、俺が先輩に憧れとったこと」


 楠木と新田が顔を見合わせて、猛スピードで首を縦に振る。

 確かにそんなことを言っていた時期もあったが、後輩の彼女が出来てからは、ばったり聞かなくなっていた。

 まさか、片桐のことがずっと忘れられなかったとでも言うのだろうか。

 浩彦はありえないと思いながらも、ハタと気づく。

 自分も澄香のことをひと時たりとも忘れられなかったじゃないかと。

 何年も何年も思い続け、彼女と気持ちが通じ合う日を夢見ていた事実は、浩彦自信が一番よくわかっている。


「この店の下見も、先輩に付き合ってもらったんや。俺は……。これからも、この人との関係を大切にしていきたいと思ってる。この人のためやったら、何でもできるんや。まあ、そういうことやから。この話はこれでおしまいにしよ。今夜はそんな話しするための集まりと違うやろ? なあ、かがちゃん、木戸から連絡あったか? 」

「え? あ、ごめん。ない。澄香からも……ない」


 とんでもないカミングアウトに思考がついていかない浩彦は、大西の質問にすぐに答えが返せなかった。


「そうか。まだ、さくらさん、見つからへんねんな。なあ、先輩。二人がどこに行ったかわからへんか? ちょうど店の外で会ったやろ? 」

「あっ、う、うん。会った……」


 呆然としながら大西の話を聞いていた片桐が、少し気まずそうな目をしてこくこくと頷く。


「二人一緒に、さくらさんを探しに行ったらしい」


 そうだよな? と宏彦は片桐に念を押す。


「いや、そ、その……。そうじゃなくて。翔紀は西の方に。そして、い、池坂さんは。東……」

「な、なんだって? じゃあ、さっきあんたが言ったのは嘘だったのか? 」

「ごめんなさい。だって……。宏彦があまりにも冷たかったから、つい……」


 片桐は俯き加減になりながら、上目遣いで宏彦と大西を交互に見る。


「ったく、あんたって人は……」


 宏彦はがっくりと肩を落とし、同じように落胆する大西を見た。

 大西、今ならまだ間に合うぞ。

 何もこんな女のために自ら苦労を買って出る必用はないだろうに……。

 宏彦は、大西に道を誤るな、別れるなら今のうちだと意見したいのをなんとか押し留める。

 確かに片桐は(たぐい)(まれ)な美貌の持ち主であるし、身につけている知性や教養も申し分ない。

 足りないのは品性だ。

 そして、異常なまでの闘争心で相手を蹴落とそうとする。

 常に自分がちやほやと持てはやされることを望んでいるのだ。


 いたたまれなくなったのだろうか。

 大西が場所を替えようと言って、疲れたように重い腰を上げる。

 次は大西の行きつけの居酒屋に決まった。

 大西の一喝以来、すっかりしおらしくなった片桐も、とぼとぼとみんなの後に続く。

 宏彦は手の中にある携帯を開いて、大急ぎで澄香に居場所を訊ねるメールを打った。


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