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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
156/210

22.憧れの人 その1

「ねえ、黙ってないで、何とか言いなさいよ」

「……会わなかったか? 」

「宏彦、聞いてるの? ねえ、宏彦ったら! 」

「俺は澄香に会わなかったかって、訊いているんだ! 」


 腕にしがみつく片桐を振り払いながら、宏彦が怒りを露わにする。


「大きな声を出さないで! 怖いじゃない! ホントにもう、何だって言うのよ。あなたも、翔紀も。あたしって、そんなに歓迎されてないの? ここに来ちゃ、いけなかったの? 」

「だから、そうじゃなくて……。澄香はどっちに行ったんだ。会ったんだろ? 」

「そんなの、知らない。それより、早く、お店に入りましょう。あたし、お腹空いちゃったし」


 せっかく振りほどいた片桐の腕がまた宏彦に絡みつく。


「いいから、離してくれ! 澄香はどっちに行ったんだ。俺の質問に答えろ! 」 

「何よ、偉そうに! 澄香、澄香って。そんなにあの子がいいの? なら教えてあげる。翔紀と一緒に、向こうに行ったわ。あの二人。なんだかんだ言って、仲よさそうじゃない……」


 片桐は、またもや宏彦に振り払われた手を持て余しながら、不服そうに顎を突き出す。

 

「木戸と一緒に? 」


 聞き捨てならない片桐の報告に、宏彦は眉をピクッと上げた。


「え、ええ。そうよ。結婚式を前に、彼女と何があったか知らないけど。翔紀も大変ね。もしかして、この騒ぎ、あの子が関係してるの? 」

「はあ? 」

「澄香さんよ。あなたの大切な池坂さん。宏彦という人がいながら、翔紀にまで媚を売ってるのかしら。あの子ならやりかねないわ。ふふっ、宏彦も苦労するわね、男好きの彼女を持つと」


 辛らつな片桐の言葉も、今の宏彦の耳には入ってこない。

 木戸と一緒に行ったという澄香のことで頭が一杯になる。

 同じ人物を追っていったのだからそれも仕方ない。仕方ないとわかっていても、面白くなかった。

 宏彦は片桐が指差した方向をじっと目を凝らして見た。

 だが、澄香の姿はもうどこにもなかった。

 もちろん、一緒に行ったという木戸の姿もどこにも見当らない。


「それより、宏彦。そんなこと、もういいじゃない。すぐに見つかるわよ。早く中に入りましょう。さあ、早く! 」


 辺りは次第に暗くなり、湿った風が吹き始める。

 宏彦は片桐に背を押されるまま、無言で店内に入って行った。



「皆さん、お待たせ。あら、楠木と新田も来てたんだ。やだ、何驚いてるの? 」

「いえ、べ、別に驚いてなんか……。先輩、お久しぶりです」


 びっくりしたようにその場に立ち上がった新田が、楠木と共に固まる。


「んもう、何よ。完全にびっくりしてるじゃない。もしかして、あたしがここに来るの、みんな知らなかったのかしら……。ちょっと、浩人(ひろと)! どういうこと? 」


 新田と楠木を睨みつけたあと、片桐が手を腰に、大西の前に仁王立ちになる。


「あなた、あたしがここに来るって、みんなに言ってなかったの? 」


 宏彦は片桐の憤慨を横目に、さっきまで澄香とさくら、そして木戸がいたはずの空間を眺め、あれこれ考えをめぐらせながら自分の席に腰を下ろした。


「いや、その……。後で言うつもりやってんけど。先輩がもう来てしもたから、どうすることもできひんかってん……」

「出迎えてくれたのかと思ったあの二人は、あたしを無視してどこかに行っちゃうし、宏彦だって、氷以上に冷たい態度だし……。なら、浩人。あなたがあたしを出迎えなさいよ! 」

「ご、ごめん。俺が悪かった。でもな、木戸の彼女と池坂が出て行って、おまけに、木戸までどっかに行ってしもて。ここは人が少なくなってすっからかんや。先輩からの電話中にちょうどかがちゃんが出て行ってくれたから、大丈夫やと思ってんけど」


 大西がしきりに頭をかきながら、片桐に言い訳をするのだが。


「何が大丈夫って? 宏彦はあたしのことなんて、ちっとも眼中にないのよ。先に行ったあの二人のことばかり気にしてるんだから。ホント、浩人の言うとおり、宏彦ったら、あの子にすっかり骨抜きにされちゃって」

「って、おい、なんで俺の言うとおりなんや。先輩、それはあんまりや。俺はただ、かがちゃんも結婚が決まって幸せそうやと言うただけやし」


 かがちゃん、ごめん、と大西が顔の前で手を合わせる。

 宏彦はあきれたようにため息をつき、言い返しそうになる口をつぐんだ。

 上の学年との連絡係を引き受けてくれている大西に同情こそすれ、片桐の偏見に満ちたたわごとに付き合ってる暇などないと判断したのだ。

 携帯を取り出し、澄香から連絡がないか確認する。メールの着信はない。

 こっちからメールをするべきか、向こうの連絡を待つべきか。

 宏彦は決められないまま、手の中の携帯に視線を落とす。


「そんな細かいこと、どっちだっていいでしょ。浩人ったら、すぐに自分だけいい子になろうとするんだから。そもそも、浩人の窮地を救ったのはあたしなんだからね。あたしがいなければ、あなたは翔紀の結婚式だって出席できなかったかもしれないのよ? いい? これだけは言わせてもらいますから! 」


 エスカレートする片桐の意味不明な罵声に、くらくらと目まいがするようだった。


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