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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
152/210

18.誘惑 その1

 チサの住んでいるマンションのエントランスから、明かりが漏れている。

 横には駐輪場。そして、植え込みがある。

 澄香はさくらが待っていそうな所を探してみた。

 それにしてもこの雨だ。

 もし彼女がいるとするならば、雨を()けるため、建物の壁面に沿うようにしてたたずんでいる可能性が高い。

 それに、傘をさしているのなら、すぐにでも見つかるはずだ。

 傘が見当らないということは、当然さくらもいないと回答が導き出される。

 けれど澄香はあることに気付いた。

 彼女は確か、何も持たずに店から出て行ったのではなかったかと。

 だとすれば傘を差さずにずぶ濡れになって街を彷徨っていることも考えられる。

 この雨の中、どこでどうしているのか、心配でたまらなくなってきた。

 駐輪場にも、裏手の電柱の影にも、どこにもさくらの姿はなかった。

 もちろん中の住民にロックを解除してもらわないと、マンション内には入れない。

 仮にチサがもう戻っていてさくらを部屋に迎えて入れているとしても、すぐさま澄香の携帯に連絡が入るはずだ。

 ますますさくらがこの周囲にいる可能性は低くなっていく。


 雨を避けながらバッグの中の携帯を覗き見る。

 が、やはり着信の気配はない。

 ここにもいないとなれば、さくらはいったいどこに行ってしまったのだろうか。

 そんな澄香の不安をあおるように、ますます雨が強くなる。

 道路も歩道も、まるでそこが川であるかのように雨水が溢れ出し、側溝に向かって勢い良く流れていく。

 叩きつけるような激しい雨が、今も尚降り続いていた。

 マンションの両隣は商業ビルだ。

 入り口はシャッターが下りていて、雨宿りが出来そうなスペースもない。

 澄香はマンションを見上げ、途方に暮れる。

 もうさくらを探すのをあきらめて帰るしか道はないのだろうかと。

 チサの部屋はちょうど澄香の立っているところから反対側の位置にあるため、ここからは見えない。

 帰っているのかどうかもわからない。

 だからと言ってチサに直接確認するのもためらわれる。

 せっかくの吉山とのデートを、これ以上中断させるわけにはいかないからだ。


 澄香は最後の頼みの綱が切れてしまったことを知り、自分のふがいなさに肩を落とした。

 顔に吹き付ける雨粒が痛い。

 かさを斜めにして風雨を避けても、もうすでに全身がずぶぬれになっていた。

 もう一度ガラス張りのマンションのエントランスを見てみるが、あれからまだ一度も人の出入りがない。

 それもそのはず。こんな悪天候の中、誰も好き好んで出歩いたりはしないだろう。

 すぐ近くのコンビニですら、誰一人立ち寄る気配がない。

 ひゅうっと風が舞い、傘が飛ばされそうになった瞬間、植え込みに人影がよぎったような気がした。

 目を凝らして見てみるが、やはりそこには誰もいなかった。

 路地を通り抜けていく車のライトが当たり、紛らわしい物影を作っただけなのだろう。


 両手でしっかりと傘を握り、来た道を戻ろうと足を踏み出したとたん、追い風にあおられ、傘の骨が上向きに反り返ってしまった。

 このままでは折れてしまう。

 澄香はあわてて傘を閉じ、どうにか突風をやり過ごした。

 木戸に借りた傘を壊してしまうわけにはいかない。

 周囲には高層の建物が多いせいか、風向きも一定ではない。

 さっきまで澄香の後方から吹いていた風が今はもう横からに変わっている。

 向かい風になったと思ったのも束の間、また澄香の背を押すように突風が吹き上げるのだ。

 依然降り続く雨の中、重く湿った髪が目の前を覆い視界を妨げる。

 何度耳にかけても、また頬や瞼にぺっとりと張り付き鬱陶(うっとう)しい。

 繰り返し吐くため息も、瞬時に雨音にかき消される。

 さくらのことが心配で彼女を探していたはずなのに、宏彦に意地を張って、その延長線上で一人でここまで来てしまったような気もする。

 この嵐の中、どうして自分がこんなところにいるのか、澄香はその理由さえも、もうわからなくなってしまっていた。

 寒くて、寂しくて。情けなくて、惨めで、どうしようもなく哀しくて。

 澄香は閉じたままの傘を手に持ち、人通りのない路地をあてもなく歩き始めた。



 同じように傘をささず、雨に濡れながらこっちに向かって駆け寄ってくる人が見えた。

 次第に距離を縮め、コンビニの前で立ち止まったその人と目が合った。


「やっぱり、ここだったんだ」


 短い髪から額に滴る雨の雫を手で拭いながらその人が言った。


「あ……。木戸君。なんでここに? 」


 澄香の心にぽっと明りが灯った。

 抜け出せない迷路から出口を見つけ出したようなそんな気持ちになった。

 木戸は澄香を見て安堵したかのように目を細めた。


「どうしてあたしがここにいるのがわかったの? 」


 澄香は濡れたまつげを何度も(しばたた)かせながら不思議そうな面持ちで木戸を見上げた。


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