表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
151/210

17.花嫁の涙 その2

「じゃあ、俺と木戸で探してくるから、おまえは皆と一緒に店で待ってろ。で、場所はどこなんだ? 」

「えっ? ああ。そうね。場所ね。でも……。あたしが行くから、宏彦は皆のところに行ってて。そして木戸君も、別のところを探してくれたらいいし。あたし一人で大丈夫だから」


 その方が効率がいい。いちいち説明するより自分が行った方が早いし、チサにも連絡が取りやすい。


「だから、澄香。おまえはもういい。十分にやってくれた。なあ、どこなんだ。早くその場所を教えてくれ」

「池坂。加賀屋の言うとおりだ。もう君は十分だよ。雨もひどくなってきたし、休んだ方がいい」


 二人の男性に挟まれるようにして見下ろされ、澄香はいたたまれなくなる。

 すれ違う人と傘がぶつかり、あからさまに嫌な顔をされた。

 でも、店には行けない。絶対に行けない。

 だってそこには、片桐が……いる。


「あたし、やっぱり店には行かない。行けないよ。だって、あの人がいるんだよ? 宏彦に会えて、とても嬉しそうにしてる、片桐さんが」

「まだそんなことを言ってるのか? そりゃあ、澄香の気持もわかるよ。あいつの顔を見たくないっていうのも理解できる。でも、今日はそんな私事でぐだぐだ言ってる場合じゃないだろ? あいつは木戸の結婚を祝いたくて来ただけで……」

「いやよ、いや。絶対にいや。宏彦の口から、あの人のことなんて、何も聞きたくない。なんで前もって言ってくれなかったの? あの人が来るってわかってたら、あたし、絶対に今日、この集まりに来なかった。それなのに、何も教えてくれないで。宏彦にあんなに親しげにまとわりついて……。やっぱり、何も変わってない。宏彦ったら、あの人と別れられないんだ」


 ついに言ってしまった。

 木戸は余程びっくりしたのかありえないくらい目を見開いて、澄香を傍観していた。


「黙って聞いていれば、何だって? 俺があいつと別れられないってどういうことだ。前にも言っただろ? 俺はあいつとは付き合ってなかったって。だから別れるも何も、最初から関係ない」

「ならどうして、あの人が来たの? 宏彦が呼んだんでしょ? 」

「なんで俺が? なあ、澄香。落ち着けよ。あいつも同じ野球部の仲間だったんだ。後輩の結婚を喜んで何が悪い。俺たちの後輩にも先輩にも、木戸の結婚のことはすべて連絡が回ってるんだぞ。明日は総勢三十人ほどが集結する。ひとつ上の先輩のまとめ役を買って出たのがひとみなんだ。それなのに、何を誤解してるんだ? 澄香は俺を信じられないのか? ひとみは……」


 澄香には、もう何も聞こえなかった。

 激しい雨音も、行き交う車のタイヤが水しぶきを跳ねる音も。

 何一つ、澄香の耳に届かなかった。


 ひとみ、ひとみ、ひとみ。

 

 宏彦の口から繰り返される片桐の名前だけが、不快なリズムを刻み続ける。


「宏彦。あたし、さくらさんを探しに行く。そして、しばらく探して見つからなかったら……。木戸君には悪いけど、もう帰らせてもらう」

「澄香。俺が信じられないのか? 」


 透明のビニール傘に入りきらない左側の上半身を雨に濡らしながら、宏彦が眉を顰める。


「今夜は無理。宏彦、あなたには何を言っても無理よ。あたしの気持なんか、何もわかってくれない。ねえ宏彦、早く皆のところにもどって。大西君に悪いでしょ? 片桐さんにも……」

「わかった。そこまで言うなら仕方ない。澄香の気の済むようにしたらいい。ただし、明日の式ではわがままは許さない。わかってるだろうな? 」


 宏彦の冷ややかな視線が突き刺さる。

 明日、皆の前では、結婚を控えた幸せなカップルを装って、木戸とさくらの式に参加しろと言っているのだろう。


「そんなの、言われなくてもわかってる。木戸君。こんな醜いところ見せちゃってごめんね。明日の式は予定どおり出席させてもらうから心配しないで。ふふふ。あたしたち、こういうことだから。木戸君の不安が的中しちゃったかもしれないわね……。さくらさんのこと、何かわかったら連絡する。じゃあ……」

「い、池坂……」

「木戸、放っておけ! 」


 澄香を引き止めようと手を伸ばしかけた木戸に宏彦が声を荒げる。

 苛立ちを隠せない宏彦と、小走りで駆けて行く澄香の距離がどんどん開いていく。

 でも澄香は、そんな不機嫌な宏彦であっても、追いかけて来てくれるのではと微かな期待を抱く。

 が、幹線道路を渡りきったところで、その期待はもろくも崩れ去ったことに気付くのだ。

 信号が赤に変わっても、向こう側に澄香を追う宏彦の姿はなかった。

 背中に当たる大粒の雨が服に滲みこんで来る。

 六月の雨は濡れても平気なはずなのに、とても冷たい。

 悲しいほど冷たい雨だ。まるで世界中にいる六月の花嫁の涙が、空から落ちてくるようだった。


 それでも澄香は走り続けた。

 ここまで来れば、チサのマンションまであと少しだ。これくらいの雨なんか、平気。

 澄香は自分自身を奮い立たせながら、通い慣れた道を進んでいく。

 コンビニが見えて来た。その角を曲がれば、マンションのエントランスにたどり着く。

 きっとそこにさくらがいる。

 澄香は予感めいたものを感じながら、握り締める傘を持つ手に、ぎゅっと力を込めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ