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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
15/210

14.高校二年生 その8

「木戸君、もうここでいいよ。あたしんち、この道行けばすぐだから」


 澄香は木戸と目を合わせることなく、立ち止まってそれだけ言った。

 これ以上彼と一緒にいる理由も、送ってもらう必要も全く見出せない。

 早く一人になりたかった。


「ああ、わかった。なあ、池坂。加賀屋んちは、ここのもう少し上の方だよな? 」


 木戸はそう言いながら、驚くほど長い手を傘の外側に伸ばし、小降りになった雨を確かめる。

 そして、おもむろに傘をたたみ、道の先に視線を移した。


「う、うん。多分、そうじゃないかな……。あたし、加賀屋君とは、その、中学も一緒だったけど、家に行ったこともないし。正直どこに住んでるのかよく知らないの」


 それは本当だった。

 時折家の前を自転車で通り過ぎる宏彦を見かけることはあるが、澄香の家は三丁目地区だ。

 五丁目地区にある宏彦の家は、澄香の家からは、徒歩で十分以上かかるくらい、離れているはずだ。

 小学生の時、五丁目付近の公園で遊んだ帰り道で、加賀屋という表札が掲げられた家の前を通ったことがあるような気もするが、だからと言って彼の家を知っていると胸を張って言えるほどのことでもない。

 そうか、と言ったきり、無言でその場にたたずむ木戸を残し、澄香は振り返ることなく自分の家へと続く目の前の坂を駆け上って行った。


 いったい木戸は何が言いたくて宏彦のことをこんなにも話したのだろうか。

 たまたま宏彦のことを思い出し、世間話のひとつとして持ち出したのかもしれないが、納得のいく答えは見つからなかった。

 こればかりは木戸自身に訊ねない限り、真実は誰にもわからない。

 澄香は家に帰り着いてからも木戸との会話を分析してみたが、明確な回答を得られない。

 そしてその夜は、宏彦と片桐が親しげに寄り添いながら帰って行く様子を思い出すばかりで、勉強も全く手に付かなかった。

 翌日のテストが、散々な結果だったことは言うまでもない。



 夏が過ぎ、木の葉が色づき始める頃、澄香は進路調査票を前にその枠内に文字を埋められず、何度もペンを握り直してはため息ばかりついていた。

 高校二年生の現在、すでに希望通り文化系クラスに振り分けられているが、三年の選択科目の受講資料にするため具体的に希望する大学名と学部を記入して、今日の夕方六時までに担任に提出することになっている。

 さっきのホームルームで、鬼教師、黒川の有無を言わせぬ恐ろしく鋭い目つきを思い出すと、ぶるっと身体が震え、思わず首をすくめた。

 今日中にこの書類を提出しないとどうなるか。考えただけでもおぞましい。

 これを書き終えないことには部活にも行けない。

 澄香はペンを置き、しばし頭を抱え込んだ。


 誰もいない教室はがらんとしていて落ち着かない。

 さっきまでいた数人の同級生も今は姿を消し、本当に澄香一人になってしまった。

 時折り隙間風がひゅうっと吹き抜け、窓際のカーテンがひらひらと揺れた。

 ぶるっと身震いする。今日は寒い。


 グラウンドでは、ランニング中の野球部の掛け声が響く。

 校舎北側の道場からは、竹刀の合わさるパーンという乾いた音と共に、甲高い叫び声があたりにこだましている。

 残念ながら、テニスコートはここからは見えない。

 事実上、十一月の試合を最後に引退する予定の澄香は、こんなところで机に向かってばかりいないで、一刻も早く練習に参加したかったのだが……。

 まだ白紙のままの進路調査票が、行く手を阻む。

 大学に進学して商学部に入って。

 情報処理を勉強したいと、夏休み以降思い描いてはいる。

 将来はその知識を生かして経理を担当するもよし、はたまた営業でバリバリ働くもよし。

 子どもの頃から慣れ親しんでいるそろばんの特技も生かせるし、もう迷いはないはずなのに、絶対に行きたいと思える大学にまだ出会えていなかった。

 手元の広辞苑並に分厚い大学案内ガイドのページを繰りながら、自宅から通える大学をピックアップしていく。

 家でホームページを見ても、どれも同じような説明でピンとこない、というのが澄香の本心だ。

 それに、偏差値との兼ね合いもあるので、いいなと思う大学が即希望校というわけにもいかず、あこがれの大学名が堂々巡りをするばかりで、一向に決められない。

 ならばいっそのこと上京するのもありかな、などと根底から覆す発想に囚われ、ますます混乱を極めるのだ。

 そんなに簡単に、将来のことが決められるわけがない。


「はあ……」


 あきらめにも似た吐息をひとつ漏らし、頬杖をついて、窓ガラス越しに遠く霞んで見える本土と人工島を繋ぐ赤い主塔のある橋を眺めていた。


 ガラガラと教室後方の戸が開く音がした。

 はっとして我に返る。それに聞き覚えのある声が重なった。


「いけさか? やっぱ、池坂だ」

「えっ? 」


 澄香は耳を疑った。まさか、そんなことが……。

 あわてて振り返り、その声の主を確かめた。

 

 

窓越しに見える橋は、本土と六甲アイランドを結ぶ六甲大橋です。

神戸にある人工島は2つあって、もうひとつはポートアイランドです。


さて、教室に入って来たのは……。

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