11.思い出のアイランド その3
以前さくらが澄香の会社に押しかけて来た時、チサの家で話をしたことがあった。
その後のメールでも、何度もチサのことに触れていた。
ならばもしかして、さくらが彼女の家に行っているとは考えられないだろうか。
澄香は携帯を取り出し、すぐさまチサに電話をかけた。
『あー。澄香。どうしたの? 今夜はあのお友だちの結婚前夜祭でしょ? もう終わったの? それって、早くない? 』
驚いているチサの声が、耳元に響く。
この声の調子からすると、チサとさくらの接触は万にひとつもなさそうだ。
「あっ、うん。ちょっといろいろあって。ねえチサ。今、家にいるの? 」
チサに限って、そんなことはあるまいとも思いながらも、一応訊ねてみる。
『違うよ。誰かさんにまだ未練たらたらな情けないアイツと一緒。新長田で飲んでる』
やっぱり予想どおりだ。チサのお決まりの週末の過ごし方だ。
「そうなんだ。じゃあ、まだ家には帰ってないんだね」
『そうだけど。それが何か? 』
「じゃあいいんだ。ごめんね、お邪魔して……。吉山君に、よろしくね」
『よろしくねって、いったいどうしたの? そうだ。もし暇だったら、合流しない? 宏彦君もいるのなら、一緒に来ちゃえば? アイツに、澄香の熱々なところ、見せてやってよ。それくらいの荒治療やんないと、吉山君ったら、あきらめが悪いんだもの』
「あ、ありがとう。でも今夜はダメなんだ。あ、あの……」
『何? 』
「な、なんでもない。チサの声が聞けてよかった。今からまた高校時代のみんなと落ち合うんだ。それじゃあ、月曜日」
『うん。なんだかよくわからないけど、わかった……。じゃ、月曜日、会社で』
澄香は慌てて電話を切る。
チサと吉山の関係は彼女が言うには一進一退で何も変わらずということなのだが、澄香の目には明らかに今までとは違って見えていた。
あと少しでチサの思いが叶うのではないかとすら思っている。
そんな二人の大切な休日の夜を、部外者のもめごとで奪ってはいけない。
さくらが失踪した話などすれば、チサが仁太を置き去りにして飛んで帰ってくるだろうことが簡単に予測できるからだ。
それならば自分がチサのマンション周辺を覗きに行けばいい。
さくらがマンションのエントランス前でチサを待っているのだとしたら、その場で彼女を説得して木戸に引き渡すことが出来る。
神戸には知り合いがいないと言っていたさくらのことだ。
彼女が姿を現す場所など、案外限られているのかもしれない。
澄香は三宮に向かうため、再び六甲ライナーに乗り込もうと駅に向かう途中、携帯が鳴ったのに気付いた。
宏彦からだ。
さっきまで北野で一緒にいた、宏彦からのメールだった。
澄香は深呼吸をして、携帯を見た。
今どこにいるんだ?
彼女、見つかったのか?
とにかく、こっちに戻って来い。
彼女のことは木戸に任せておけば
いいから。
店を移動した。
三ノ宮駅北側の居酒屋だ。
すぐに連絡してくれ。
待っている。
澄香は宏彦の言うとおり、すぐに返信の文面を打ち込もうと画面を覗き込んでいたのだが。
その手が、ピタッと止まってしまった。
指がもうそれ以上動かないのだ。
向こうに戻れば宏彦が待っている。けれど……。
そこには大西や野球部のメンバーに加えて、あの人がいる。
野球部元マネージャーの片桐が、いるではないか。
風で広がる髪を押さえながら、澄香は空を仰いだ。
ぽたり、ぽたりと、水の塊が落ちてくる。
髪に頬に肩に、そして、腕にも指にも、ワンピースの裾にもそれは容赦なく落ちてきた。
とうとう雨が降ってきたのだ。
濡れないように、握りしめた携帯をバッグにしまう。
そして雨を避けてビルの軒下に入り、もう一度携帯を取り出した。
片桐のいるところに舞い戻るのは澄香の本意ではない。
これが我がままだと言うのなら、そう思われてもいい。
あれほど片桐とはきっぱりと関係を絶ったと言っていた宏彦なのに、まとわりつく彼女を許していた彼にも心穏やかでいられるはずもなく。
いつの間にか、宏彦の携帯番号まで知っている片桐にも納得がいかない。
澄香はこのままさくらを探し続けている方がずっと気分が楽だと思った。
木戸には申し訳ないが、さくらを探すことで、身の置き場を見つけられたような安堵を覚えるのだ。
さくらさんのことが心配だから。
もう少しだけ探したいの。
思い当たるところを
順番にたどってみる。
みんなによろしくね。
メールを送信して携帯をバッグにしまったとたん、またこもったような着信音が澄香のそばで鳴っているのがわかった。
今度は……。
宏彦からの電話だった。