表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
143/210

9.思い出のアイランド その1

 木戸の実家は神戸の南東に位置する六甲アイランドにある。

 新交通システムの六甲ライナーに乗って海を渡り、埋め立てられて出来た人工島に建つ高層マンションが彼の実家だ。

 父親の転勤で神戸に来る前は、山口県に住んでいたらしい。

 木戸家のマンションからそう遠くないところに、マキの家もある。

 ここには他の同級生や先輩後輩も大勢住んでいるため、澄香もこれまでに数え切れないくらいこの街を訪れていたのだ。

 おしゃれな店も知っている。おいしいパスタの店も、ホテルのスイーツバイキングも。

 宏彦とも一緒に来て、ホテルの上階にあるレストランでワイングラスを傾けたこともある。

 きちんと区画整理された街並みは目を見張る美しさで、北に六甲の山並みを望み、周囲は海に囲まれた未来都市だ。

 マキの家に泊まった時にマンションの窓から垣間見た夜景は、二度と忘れることができないほどの素晴らしい眺めだった。

 毎日こんな景色を見て暮らしているマキがうらやましくて仕方なかったことを、今でもはっきりと覚えている。


 澄香は四つ目の駅で六甲ライナーを降り、人の波に合わせて歩みを進める。

 まずは歩きながら駅構内を見渡してみた。しかし、さくららしき女の子はどこにも見当たらない。

 スカイウォーク(空中回廊)を足早に歩く人たちは、家族の待つ家に帰っていくのだろう。

 デートを楽しむ二人連れの歩みはとてもゆっくりだ。これから食事をして、どこかで夜景を楽しむのかもしれない。きっと二人だけの幸せな時間が待っているのだろう。

 スカイウォークから外に出て、木戸の実家マンション周辺をぐるりと一周してみた。

 一階は店舗になっていて、店内のライトがやけに眩しい。

 さくららしき人物を求めて、店の中も覗き込んでみるが。

 やはり彼女はどこにもいなかった。

 澄香は薄々気付いていた。さくらはここにはいないと。

 もしこのあたりにいる可能性が高いのなら、彼女の普段の動向を知る木戸が真っ先にここに駆け付けているはずだ。

 無駄足だったのかもしれない。

 だとすれば、もうすでに宿泊するホテル付近で、木戸とさくらは出会っているのではないだろうかとも思う。

 期待を込めて携帯を覗いてみるが、残念ながら着信はなかった。


 カップルが仲睦まじく手を繋いで歩くすぐ後を、澄香はあてもなく歩みを進める。

 ここはリバーモール。ビルの谷間を人工の川が流れ、水面に街灯の明りが反射して揺らめいていた。

 いつもより湿っぽい風が舞う今夜は、行き交う人も次第にまばらになっていく。

 昼間はきっと大勢の買い物客や、観光客で賑わっていたのだろう。

 高校時代に制服姿のまま靴下だけ脱いで、マキと一緒にこの水場ではしゃぎ回った記憶が蘇る。

 濡れてしまった制服も夏の陽射しに照らされてみるみる乾いた。

 すべてがキラキラと輝いて楽しかったあの頃。一緒に笑い合ったマキは、今夜もどこかの誰かと誰かを幸せにする手伝いの真っ最中なのだろうか。



 あれは確か、ゴールデンウィークが終わってすぐの休日だったと思う。

 午前中なら家にいるという木戸の家族の約束を取り付け、宏彦と一緒に結婚祝いを届けるため、この街に足を踏み入れた時の出来事だった。

 澄香は宏彦と一緒に、野球部全員からの祝いの品と、彼と連名で包んだ祝儀袋を持って木戸の実家を訪問した。

 だが、息子の結婚がもうすぐだというのに、木戸の両親が浮かない顔をしていたのがずっと心に引っかかっていたのだ。

 木戸にそっくりな大柄な父親は、終始厳しい表情を崩すことなく無言でソファに座り、また、接待に勤しむ母親にも心からの笑顔はなかった。


「あの子が決めたことです。私たちは、それに従うだけですからね。向こうさんは、まだまだお若いし……」


 まだ結婚は早いんじゃないのって引き止めたんですよ……と暗にこの結婚を認めたわけではないというようなニュアンスの内容を語り始めるのだ。

 父親はひたすら黙ったまま、時折り母親に同意するような咳払いをして、紅茶をすすっていた。


「でもあの子ったら、もう決めたの一点ばりで。聞く耳を持たないんですよ」


 宏彦は、そうですかと神妙な顔で頷く。


「九州の大学に進学する時も、広島で就職する時も。いつも何も相談もなく、決まってからの報告でね。教員になるなら阪神間でも学校はいっぱいあるのにと助言しても知らん顔。あの子、神戸が嫌いなんでしょうか。それがね、あの子の上に二つ年の離れた姉がいるんですけど。加賀屋君は知ってるわよね」


 看護師をしている木戸の母親と目を合わせた宏彦が、はいと控えめに頷く。


「娘が言うには……。あの、こんなこと私が加賀屋君に言ったって、あの子には言わないで下さいね。とにかく気難しい子で。ただ、野球の話をする時だけは楽しそうにしてるんですけど」


 ここに木戸がいるわけでもないのに、母親が急にひそひそ声になる。


「えっと、どこまでお話したかしら。そうそう、娘の話だったわね。実は娘がこんなことを言うんです。翔紀は失恋して、気持の整理をつけるために神戸から離れたって……。なんかそのお相手の方、とてもかわいらしいお嬢さんだったらしくて。でも翔紀にはあのとおり野球しかないし、そんなかわいらしい人気者の彼女とうまくやっていくなんて芸当は、とてもできそうにないと思うのよ。なら案の定。その彼女さんに全く相手にしてもらえなかったって聞いてるわ。加賀屋君はそのこと、ご存知だった? 」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ