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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
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4.花嫁の憂鬱 その2

 依然さくらの口数は少ないままだったが、木戸が取り分けたオードブルはなんとか食べきり、少しずつ雰囲気にも馴染んできたようだ。

 そしていつしか透き通るような白い肌にも、ほんのりと赤みがさして来た。

 自称ワイン通の新田が、もう一本オーダーしようとしているところに、澄香が待ち焦がれていた人がついに姿を現したのだ。


「遅れてごめんな。よおっ、木戸。久しぶり! 」


 宏彦がワインを飲もうとしている木戸の肩を威勢よく叩く。


「ああ、久しぶり! って、お、おい。加賀屋。こぼれるじゃないか」


 木戸が手にしているグラスの中で、透明な液体が前後に多きく波打つ。

 被害を最小限にとどめようと思ったのだろうか。

 木戸は大慌てでグラスに口をつけ、一気にワインを飲み干した。


「クッスンと新田も元気だったか? 」


 宏彦は、再会の喜びをめいっぱい表すように、楠木と新田にも手加減することなく、力任せに彼らの肩をポンポンと叩いた。


「痛いやんかーー。元気も何も……。いや、今夜は木戸の祝いの席やから、あんまりかがちゃんのことは突かへんつもりやけど。ホンマにおまえ、池坂と結婚するんやな。なんか信じられへんわ」


 新田が宏彦に叩かれた肩をさも痛そうに大げさにさすりながら言った。


「ホントにまだ信じられないよ。まさかかがちゃんに池坂さんを取られるなんて。あっ、池坂さん。冗談半分で聞いてよね。ぶっちゃけ俺も池坂さんファンの一人だったからさ」


 たったグラス二杯のワインで上機嫌になった楠木が、澄香の隣に座った宏彦に新しいボトルからワインを注ぎながら、俄かに饒舌になる。

 そんな楠木をよそに、宏彦が膝の上にある澄香の右手をそっと握ってきた。

 遅れて、ごめん。寂しくなかったか? と彼の指がささやくのがぬくもりと共に伝わってくる。

 もちろん、宏彦の視線は楠木に向けられているので、直接言葉を交わしたわけではない。

 テーブルクロスにさえぎられ誰にも握られた手は見えないが、澄香は一瞬呼吸が止まりそうになるくらい驚き、不自然に瞬きを繰り返した。



「なあなあ、木戸。おまえなら俺の気持、わかるだろ? おまえも本当のところどうなんだよ。かがちゃんに池坂を取られた気分は……」


 その時、澄香の隣で、椅子がカタっと鳴った。

 楠木のとんでもない発言に、思わず宏彦と顔を見合わせていた木戸が、その音にビクッと身体を震わせる。

 さくらがおもむろにその場に立ち上がったのだ。

 宏彦の手が、すっと澄香から離れた。


「さくら……」


 木戸がグラスを置き、立ち上がったさくらを見上げて、たしなめるように彼女の名まえを呼んだ。


「ちょっと、化粧室に行ってきます……」


 さくらの顔色が変わったのがありありとわかる。

 大き目のボストンバッグを手にして、さくらが瞬く間に席を離れた。

 宏彦の目配せで澄香も立ち上がり、さくらの後を追った。


「待って。さくらさん、どこに行くの? 」


 細い通路に出たところで、澄香がさくらに追いついた。


「化粧室に……」

「そっちは店のエントランスよ。化粧室はあっちだけど」


 澄香がさくらの歩く方向と反対側の通路を指し示す。

 一瞬ためらいの表情を見せたが、大きなボストンバッグを胸の前で抱えるようにして持っているさくらが、しぶしぶ化粧室に向かった。



「さくらさん。あの人たちの言うことは、あまり気にしない方がいいわ。お酒の席だもの。もしあたしたちがいなければ、もっと変な話ばかりしてるのよ、きっと」


 澄香は出来るだけさくらの気持をリラックスさせるよう、冗談めかして明るく言い聞かせる。

 野球部OB会のすさまじいまでの下ネタ満載の宴の話など、すでに弟の信雅から情報収集済みだ。

 宏彦もそれを否定しなかったし、楠木もいつものノリで、さくらがいることを一瞬忘れて失言してしまったのだろう。


「木戸君はね、あたしのことなんか何とも思っていないんだから。だって、木戸君ったら、ずっと、さくらさんのことばかり気にかけていたでしょ? あなたのことがかわいくて仕方ないって感じで。さくらさんしか見てないわ」

「そんなこと、ないです。澄香さん。あなたは何も知らないだけ」

「何言ってるの? 」

「澄香さん、先生が今夜あたしをここに連れてきたくなかった理由がわかりました。あなたと会うのを、あたしに知られたくなかったんです。だって、先生、澄香さんも一緒だなんて、そんなこと何も教えてくれなかった」


 澄香はぽかんと口を開けて、涙ぐむさくらを窺い見た。

 おそらく木戸は、仕事の都合で宏彦が迎えに行けないと知らされていたはずだ。

 澄香が代役で出向くことも大西に聞いていたのだろう。

 だからと言って、わざわざそのことをさくらに知らせるのは、木戸も気が進まなかったにちがいない。

 そこには他意はないと思うのだが……。

 二月にさくらに会った時にすべて誤解が解けたと思ったのは、澄香の思い過ごしだったのだろうか。


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