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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
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3.花嫁の憂鬱 その1

 ついさっきまで照れたような笑顔を浮かべ、楠木と新田に冷やかされっぱなしだった木戸が、突然黙り込んだ。

 にこりともせず、弱々しい声でありがとうございますとだけ言って花束を受け取ったさくらも、あれから一言もしゃべっていない。


 明日結婚式を迎える二人と、その二人を出迎えた澄香を含む四人は、重くよどんだ空気を気にしながらも、北野にあるフレンチレストランに向かって、黙々と歩いて行く。

 楠木と新田は時折お互いに顔を見合わせ、大西はずっと携帯を覗き込んでいた。

 改札から出てきた時から、木戸とさくらの様子がどこか変だと気付いていた。

 澄香がさくらと目を合わせたとたん、それは顕著になり、あきらかにさくらが木戸だけではなく澄香も避けているような態度を取るのだ。

 だからと言って、木戸がさくらをかばって話しかけるでもなく。

 元野球部の四人が無言で歩き進むすぐ後を、さくらは、とぼとぼと歩いていた。

 どうもおかしい。さくらの様子が気になって仕方ない澄香が、彼女のすぐそばに近寄って並ぶように歩いていても、彼女の視線が澄香と交わることはなかった。


 大西が予約してくれたフレンチレストランは、小さなカフェのような店構えで、マンションの一階にひっそりと看板を出していた。

 初めて入る店だったが、店内は明るい装飾がほどこされ、避暑地のペンションのような清潔感溢れるインテリアが、結婚する二人を迎えるのにぴったりな雰囲気だと澄香は思った。

 大西のセンスの良さに思わず拍手を贈りたくなるくらい、雰囲気の良い店だった。

 まだ来ない宏彦の席を一人分空けて、テーブルにつく。

 ところが、どういうわけかもう一つ椅子が余っていた。荷物置き場に使ってもいいのだろうか? それとも、まだ誰か来るのだろうか……。

 けれども大西はそのことには触れず、皆に席に着くよう促すばかりだ。


 六人が一つのテーブルを囲み、三人ずつ向かい合わせになる。

 もちろん木戸の隣にはさくらが座る。澄香はさくらの横に腰を下ろし、宏彦が座る予定の椅子に、カバンを置いた。

 沈んだ空気を払拭するためか、大西がいつにも増して元気よく音頭を取る。


「ここのワイン、うまいねん。先週下見を兼ねてここで飲んだんや。料理もフランスの家庭料理風で、めっちゃうまかったで」


 大西が言うと、本当においしそうに聞こえるから不思議だ。どんな料理が来るのか、待ち遠しい。


「おまえ、この店に一人で下見に来たのか? 」


 木戸が訝しげに大西に訊ねる。木戸も澄香と同じ思いを抱いたのだろう。

 いや、ここにいるメンバー全員が大西の答えを待っているに違いない。

 居酒屋至上主義の大西とこのおしゃれな店がどうしても結びつかないのだ。


「いや、まあ……。別に誰でもええやん。じゃあ今夜は、我が中央高校の伝統ある野球部元キャプテン、木戸の結婚を祝して、乾杯をしたいと思います」


 何か不都合でもあるのか答えることをためらった大西が、乾杯を急ぐ。

 きっと長年付き合っている彼女と一緒にこの店に来たのだろう。

 照れくさいからなのか、大西は自分の彼女のことをあまり話したがらない。

 澄香は、そのことにこれ以上触れないのも、大西への思いやりなのかもしれないと思い、皆に倣って乾杯の声を今か今かと待った。

 ところが……。さくらが俯いたまま、グラスを手にしようとしないのだ。


「さくらさん。どうしたの? なんだか元気がないけど。ワインは嫌い? それとも、まだ飲めないのかな? 」


 澄香がさくらの耳元で、そっと訊ねる。

 短大の二年生ならば、まだ二十歳になっていない可能性もある。

 ところがさくらは膝の上に手を置いたまま首を横に振るばかりで、何も答えない。

 澄香は、これ以上彼女の機嫌を直す手立てを見つけることが出来ない。


「おい、さくら。いい加減にしろよ。みんなも困ってるだろ? おまえ、ワイン、大好きじゃないか。さあ、グラスを持って」


 業を煮やした木戸が、グラスを持たせようとさくらの手を取るが、彼女は忌々しそうにその手を払いのけた。


「さくら……」


 木戸が大きくため息をつく。

 彼女の気まぐれにはこれ以上付き合えないとでも言うように天井を仰ぎ、苦笑いを浮かべた。


「あ、あの。さくらさんだって、いろいろと大変なのよ。だって、明日は結婚式なんだもの。きっと不安でいっぱいなんだと思う。ね、さくらさん。そうだよね? 」


 唇をかみしめたさくらが、ようやく澄香の気持を受け入れてくれたのか、こくりと頷いた。


「池坂。いろいろと気を遣わせて、すまないな」

「ううん。そんなことない。あたしだって、秋には結婚するんだもの。さくらさんの気持がよくわかるの」


 大好きな人と一緒になれる喜びとは裏腹に、式が近付くにつれて不安も大きくなる。

 いっそのこと、式なんてしない方がどれだけ楽かと思ったことも一度や二度じゃない。

 今日会ったばかりの見知らぬ人たちに囲まれ、彼女の心はパニックに襲われているのかもしれない。


「そう言ってもらえて、助かるよ。でも、今夜は俺の友だちと会うから、さくらは無理しなくてもいい、明日ご両親と一緒に神戸に来ればいいと前から言っていたのに、一緒に行くと言ってきかなかったんだ。大西にそのことを話したら、さくらさんも是非一緒にと言ってくれて、居酒屋好きな大西がわざわざこのような場を設けてくれたというのに……。本当に申し訳ない。新幹線の中でもちょっと言い争いになって。俺も大人気なかったと思っている。さくら、もう気が済んだだろ? さあ、グラスを持って」


 木戸に背中を撫でられて気持が落ち着いたのだろうか。

 ようやくグラスを手にしたさくらが、大西の乾杯の声と共に、みんなのグラスと合わせてコチっと小さな音を響かせた。


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