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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 3 六月の嵐
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1.六月の花嫁 その1

番外編3.六月の嵐 にお越しいただき、ありがとうございます。

宏彦の親友、木戸の結婚に絡んで、また問題が浮上してきます。

澄香の結婚までの道のりはまだまだ遠い?


最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

 六月の花嫁。ジューンブライド。

 六月に結婚した花嫁は幸せになれると言われている、が……。

 澄香も六月の花嫁に憧れを抱かなかったといえば嘘になる。

 純白のドレスに身を包み、教会の前でライスシャワーを浴び、家族や仲間たちから祝福を受ける。

 そんな夢を描いたことも、何度かあった。

 初夏の柔らかい陽射しの下、花の香りに包まれたガーデンで彼に寄り添い、記念撮影が始まる。

 そこかしこで友たちの笑顔が弾け、おめでとうの言葉が行き交い……。

 皆に請われるまま彼と顔を寄せ合い、夫婦として二度目の口づけを交わすのだ。

 一度目はもちろん、教会での誓いのキス。

 澄香はやがて自分にも訪れるであろう結婚式の光景を思い浮かべ、うっとりとして目を潤ませていた。


「池坂ーー。ごめん、ごめん。待たせたてしもて、ホンマ、悪かったなあ」


 澄香の幸せな妄想のひと時を無残にも打ち破ったのは、高校のクラスメイトだった大西だ。

 オレンジ色のポロシャツがピチピチに肌に貼り付いて見えるのは気のせいでも何でもない。

 高校時代より確実に一回り以上大きくなった身体が、ずんずんとこちらに近付いてくる。

 何度会っても昔の華奢な大西しかイメージできない澄香は、婚約者の親友でもある彼を、ため息と共に出迎えた。


「もうすぐしたら、楠木と新田も来るから。もうちょっと待ってな。無理ゆーて、ホンマごめん」


 大西は顔の前で片手を縦にして、謝罪のポーズを取る。

 ここは新神戸駅だ。三宮からは北方向に位置し、地下鉄に乗って一駅のところにある。


「そんなに謝ってくれるくらいなら、あたし、ここで帰ってもいい? なんであたしが木戸君を迎えに行かなきゃならないのか、全く理解できないし」

「まあまあ池坂。そんなこと言わんと。今日、かがちゃんが来られへんのやったら、絶対に池坂を寄こせゆーて、楠木も新田も譲れへんねん。かがちゃんかて、仕事が終わったら神戸に駆けつける言うてるんやし、それまで何とか(こら)えてーや。な? 」


 澄香は最近頻繁に会うようになった大西に向かって、無防備にも頬を膨らませてしまった。


「こら、池坂。そんな顔はかがちゃんだけにしか見せたらあかんやろ? あいつに世界一安全な男や言われてる俺でも、勘違いしてしまうやんか。おまえ、この前の同窓会の時、野辺沢にも言い寄られとったやろ? 気いつけなあかんで」


 ふくらんだ頬から空気を追い出し素早く口をすぼめた澄香は、何かを思い出したようにはっとして、こくりと頷いた。

 先日、加津紗に知らされたのだ。野辺沢の澄香への思いを。

 それだけでも十分に衝撃的な出来事だったのに、追い討ちを掛けるように、加津紗が野辺沢と付き合い始めたということも告げられた。

 結婚と仕事のことできりきり舞いだった澄香であっても、この話は青天の霹靂どころの騒ぎではなかった。

 宏彦と二人で一晩中その話で盛り上がったくらい、信じられない出来事だったのだ。


 加津紗と野辺沢の接点など、それまで何も知らされてなかったからだ。

 まさか幼なじみだっただなんて、澄香が知る由もない。

 ただ二人とも、お互いが好きかどうかわからないなどと、摩訶不思議なことをのたまう。

 なのに付き合っているって、どういうこと? 

 子供が出来たら必ず籍を入れるって、何? 


 澄香はまだまだ二人のことを何も知らなさ過ぎるのだ。

 明日の大舞台が終わったら、この二人の真実を暴こうと、マキと計画を練ってはいるのだが……。


 大西が照れ笑いを浮かべながら、待合室のベンチに座っている澄香の隣に腰を下ろした。


「かがちゃんはホンマ、幸せ者や。池坂は性格もめっちゃええもんな。と、先にたっぷり褒めさせてもろて……。なあ、池坂。頼むから、俺ばっかり責めんといてや。仕事が忙しすぎるかがちゃんが悪いねんで。ホンマにあいつ、働きすぎやろ。身体、大丈夫なんか? 」


 腕を組んだ大西が、心配そうにひげで覆われた口元を歪める。

 確かに宏彦の仕事に対する姿勢は見習うべきものがあるが、あくまでも限度と言う物がある。

 最近では土日も休日出勤と称して、京都や大阪に出向くことが多い。

 平日は飲みに行っているわけでもないのに、西宮のマンションに日付が変わってから帰宅することがしょっちゅうだ。

 宏彦が特に体調不良を訴えていることはないが、澄香もずっと彼の健康状態を気に掛けている。


「多分、大丈夫だとは思うけど。でも、普段も帰りが遅いみたいだし、あたしも心配してるんだ」

「そうか……。あいつは英語もぺらぺらやし機転も利くし、きっと人の倍は働いてるんやろな。働きすぎは不健康のもとや。まあ、池坂からも、あまり無理するなと()うたってな」


 本日、六月最終週の土曜日の午後。

 澄香は元野球部のメンバーの陰謀で、明日、神戸で結婚式を挙げる木戸とさくらを出迎えるため新神戸駅に呼び出されていた。

 木戸と一番の親友であった宏彦がここに来ることが出来ない代わりに、婚約者である澄香がその代役を務めるよう頼まれたのだ。

 もちろん澄香は絶対に嫌だと言って断った。それは宏彦も同じだった。

 誤解とはいえ、付き合っていたと噂された相手に大事な彼女を自分のいない所で会わせるなどもっての他だと、宏彦は強く言い張っていたのだが、他の野球部員との板ばさみに遭っている大西の泣き落としに負けて、いつの間にかこうなってしまった。


 澄香にも大西の申し出を頭ごなしに断れないわけがあったのだ。

 木戸の婚約者に疑いを掛けられた今年の二月の出来事以来、澄香は婚約者の村下さくらに気に入られてしまい、おまけに木戸が言っていたとおり、結婚式の招待状まで受け取っていた。

 澄香とて、さくらが結婚への希望をしたためた素直で純粋な心のこもったメールを送ってくるのを快く受け止めていたし、自分を慕ってくれる彼女をかわいいとさえ思うようになっていたのだ。

 宏彦と澄香が結婚することは、すでに木戸の耳にも届いている。

 これから先も、お互い夫婦ぐるみで付き合っていけたらいいと木戸とさくらが望んでいることもあって、ここで大西の申し出を断るとどことなく気まずいのも、新神戸まで来てしまった理由のひとつだ。


 当初、木戸の結婚式は、広島で行われる予定になっていた。

 式場も広島市内の格式のあるホテルを押さえていたと聞いている。

 ところがゴールデンウィークを過ぎた頃、突然愛する人が生まれ育った神戸で式を挙げたいとさくらが言い出し、土壇場の変更で木戸を初め両家の親族が振り回されて大変だったと人づてに聞いた。

 木戸の親族が神戸市内を駆けずり回り、すったもんだの挙句、どうにか六月中に神戸で結婚式を挙げることが可能になり、無事今日を迎えることが出来たというわけだ。

 

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