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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
134/210

10.アイシテル…… その6

「おい、かがちゃん。おまえ、疲れとんのか? いったいどないしたんや」


 クラスメイトであり、野球部のメンバーでもある大西が、机に突っ伏している宏彦を覗き込むようにして声をかけてきた。


「ああ、大西か。大丈夫だ。何もない。ちょっと寝不足なだけだ」


 のそっと上半身を起こし、だるそうに返事をする。


「何が、ああ大西か、やねん。かがちゃんったら、どうしちゃったのよ。そんな寝ぼけた顔しちゃって、男前が台無しよん! 」

 

 大西がなよっとしたポーズをとって、宏彦をからかう。


「黙れ、大西……」

「なんやねん。おまえ、めっちゃ機嫌悪いやん。もしかして……。片桐先輩とけんかでもしたんか? 」

「うるさい、黙れ! 」


 いつもなら、これが大西風の朝の挨拶だと聞き流せるのだが、今朝はそうはいかなかった。

 木戸が澄香に告白するかもしれない日に、冷静でいられるわけがない。


「おお、こわーー。触らぬ神に祟りなしやな。なあなあ、かがちゃん。まだホームルームまで時間があるから、部室に一緒に来てくれへんか? 」

「部室? どうしたんだ? 」


 何も知らない大西に怒りをぶつけても仕方がないと悟った宏彦は、急に真顔になって話す友人に、依頼理由を訊ねる。


「先輩にな、部室片付けとけって言われてるねん。あそこの管理は二年の責任やゆーて、朝からえらい怒られてしもて。木戸は今朝は委員会やからあかんし。なあ、かがちゃん。一緒に来て、手伝ってえな」

「わかった。行けばいいんだろ? 」


 宏彦はしぶしぶ立ち上がり、胸元のネクタイを緩めて、大西について教室を出た。

 その時、前から歩いてくる二人組みに目を奪われる。

 一人は花倉マキ。そしてもう一人は……。池坂澄香だった。

 宏彦は気を取り直し、またいつもの決まり台詞、俺の名前、覚えてくれた? を発動させようとしたのだが、二人は小さな声で内緒話のように言葉を交わし合い、こちらには目もくれようとしない。

 そして時々、キャーと言って叫ぶ。

 こっそり観察してみると、花倉が澄香をからかっているようにも見えた。

 そして澄香は頬をほんのりピンクに染めて、そんなことないってとすねたような声を出し頬を膨らませているのだ。

 今朝、登校途中に声をかけた時と同じ姿をした澄香がそこにいた。

 宏彦の心臓が急に暴れだす。自分の意志ではどうすることもできないくらい、激しく胸が高鳴るのだ。

 宏彦は何事もなかったかのように、二人の横をすり抜けた。

 もちろん、無言のままで。そして階段を下り、グラウンドの端にある部室に足を踏み入れる。


「よっ! 加賀屋、大西」


 先客が一瞬だけこちらを振り向き、片手を上げる。


「えっ? なんでおまえ、ここにおるん? 」


 大西が大げさにのけぞってみせる。


「木戸。おまえ……。委員会はどうした? 」


 部室を一人でせっせと片付ける木戸を目の当たりにして、宏彦も狐につままれたような気分になる。


「さっき終わった。委員会、花倉も一緒だったんだ。夕べの計画、実行したよ」


 何のことかさっぱりわからない大西が、きょとんとした目を二人に交互に向ける。


「そうか……」


 すべてを察した宏彦は、ふうーっと大きく息を吐き出した。

 さっき、頬を染めていた澄香は、花倉にそのことを聞かされていたのだろう。

 それで、冷やかされ、驚きの声をあげていたのだ。


 木戸のおかげで、あっという間に部室が片付いた。

 チャイムが鳴る前に宏彦は大西と共に教室にたどり着き、自分の席に座った。

 宏彦の席は窓側の一番後ろになる。そして澄香の席は、廊下側の最前列だ。

 二人の距離は遠い。教室の対角線上の端と端に位置する。

 またさっきのあの話の続きだろうか。後に座る花倉の方を向いて、澄香が恥ずかしそうに目を伏せていた。

 彼女は木戸に呼び出されたのを、すでに花倉に知らされたに違いない。

 決行時は昼休みだろうか。それとも、放課後だろうか。

 宏彦のこぶしがドンと机の上に落ち、鈍い音を響かせる。

 隣の席に座る女子がはっとこっちを見た。前の大西も、なんやねんと言って振り返る。

 でも。遠く離れた澄香には気付かれることはなかった。

 澄香がくるりと身体を翻し前を向いた瞬間、彼女の背中に向かって小さくつぶやいた。

 おまえが好きだ……と。


 でも彼女には届かない。

 教室内の喧騒に、あっという間にかき消されてしまうのだ。

 大西も首を傾げたまま、前を向く。

 おまえを好きなのは俺だと宏彦は何度も何度もつぶやいた。


 澄香、アイシテル……。


 アイシテル……

 アイシテル……

 アイシテル……。


 彼女には永遠に告げることのできない、たったひとつの言葉。

 宏彦はその言葉を心の中で幾度となく繰り返し、噛み締めた奥歯がギシギシと音を立てるのを、苦々しい思いで受け止めていた。


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