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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
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6.アイシテル…… その2

 そうだったのか。彼女は転んだことよりも、クラスメイトの顔と名前がすぐに一致しなかったことを気にしているのだ。

 宏彦はそうとわかると、これ以上あのことで彼女を冷やかすのは得策ではないと思い、話題を変えようとしたのだが。


「あ、あの。あたしって、ホント、そそっかしいんだ。二年になったら忘れ物はしないって決めてたのに、早速やっちゃうし。体操服だと思って、私服のTシャツを学校に持って行くこともあるし。ローファーとサンダルを履き間違えて学校に向かってて、なんかペダルの感触が違うなあって、途中で気がついて。それで大急ぎで家に引き返したことだって何度もあるし……。加賀屋君になんて思われたんだろうって、あたし、恥ずかしくて」

 

 ……えっ? そっち?

 名前がわからなかったことよりも、忘れ物が恥ずかしかった、そういうことらしい。

 宏彦は次から次へと失敗談を披露する澄香の話を聞き、ますます愉快な気持になる。

 そしてとうとう、堪えきれなくなり……。


「ぶっはははは……! 池坂、おまえ、おもしろい。めちゃくちゃおもしろいよ。はあ……。ごめん、笑いすぎた。でもな、よーく考えてみろよ。なんで俺が池坂のことを変だと思ったりするんだ? そこらへん、池坂の方が激しくズレてるような気がするんだけど。気のせい? 」

「だ、だって。弟のプリントを持って来ちゃったんだよ。あの鬼のような黒川先生が、怒るのを忘れて笑ってしまうくらいのことを、やってしまったんだから! 」


 その話は反則だ。宏彦は再び笑いそうになるのを必死で堪える。

 鬼クロが怒るのを忘れて笑ってしまったって、そこは池坂、おまえも笑うところだろと、心の中で突っ込む。

 あの時の怒りを通り越した鬼クロらしからぬ含み笑いは、宏彦の脳裏にくっきりと焼きついている。

 彼女はいたって真面目に、失敗の原因を熱く語り続けていた。


「ならさ、なんで俺があそこに一緒にいたわけ? 」

「えっと……。なんでだっけ? 」


 予想通りの答えが返って来る。


「はっはっは……。おまえ、ホントにおもしろいっ! あのな、俺も忘れたの。例のプリント。自分の部屋の机の上に、ごちゃごちゃっと置いていた荷物を全部カバンにぶっこんで、よし、これで忘れ物はない、大丈夫と胸を張って学校に行ったら、入ってなかったんだよ。プリントが。床に落ちてたらしくて、危うく、親に捨てられるところだった。そんないい加減な俺が、なんで池坂を変に思うんだよ。俺とおまえ、同罪じゃないのか? 」


 はっとしたような顔をして宏彦を見た澄香に、ようやく笑顔がもどってくる。


「そっか、そうだったよね。あの時はわかってたのに。今はすっかり忘れてた。加賀屋君、職員室に当番日誌でも持ってきたのかなーって、そんな風に思ってた。なーーんだ。同罪だったのか。ふふふ。加賀屋君も忘れ物常習犯なんだ」

「いや、それは違う。あれ以来、忘れ物はしてないし、靴も履き間違えたりしないぞ」

「あ、あたしだって、あれから、ひどい忘れ物はしてないんだから」


 そう言って不服そうに口を尖らせる彼女の横顔がふいに宏彦の視界に入り、それと同時に彼の心がざわめく。

 これ以上澄香といっしょにいたら、どうにかなってしまいそうなくらいに、胸の鼓動が激しくなってきた。


「おっといけない。もうこんな時間だ。じゃあ、お先。これ以上池坂と一緒にいると遅刻してしまうよ。教室でまた会おうぜ! 」


 宏彦は次第に大きくなる心音を隠すようにして、早口で澄香にそう告げた。

 ペダルを深く踏み込みながら、猛スピードで澄香のそばを離れて行く。

 ちょっと加賀屋君、なんで行っちゃうの? 加賀屋君が遅刻するってことは、あたしも遅刻するかもしれないんだよね? それってサイアク! 待ってよ、加賀屋君、待って!……と悲痛な彼女の叫び声が聞こえてくるが、それも瞬く間に遠のいてゆき……。

 角を曲がる頃には、もう彼女の姿は見えなくなっていた。


 校門の横手にある駐輪場に自転車を止め、校舎脇の水道に駆け寄る。

 宏彦は顔から頭まで一気に水をかぶり、しぶきを振りまきながら、まぶしい朝日を仰ぎ見た。

 誰が何と言おうとやっぱり澄香が好きだと心の中で叫びながら。


 宏彦から遅れること五分くらいだろうか。澄香がクラスメイトと一緒に談笑しながら教室に入って来た。

 彼女がちらっとこっちを見たような気がした。宏彦はほんの一瞬だけ彼女を見て、すぐに反対側を向いた。

 彼女を通学路の途中に置き去りにして、自分だけ先に教室にいるのが少し後ろめたい。

 友だちと話している彼女の声が耳に入ったとたん、宏彦の心臓がドクッと鳴る。そんな自分にあきれながら、ふっとあきらめにも似たため息を漏らした。

 宏彦はさっき廊下ですれ違った木戸の決意めいた表情を思い出していたのだ。

 やっぱり、近日中にあのことを決行するのだろう。いや、今日かもしれない。

 宏彦はどうすることもできない自分のふがいなさをなじるように頭をかきむしり、机の上に突っ伏した。


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