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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
13/210

12.高校二年生 その6

 澄香も、出来る物ならそうしたかった。

 すっぱりと宏彦のことはあきらめて、木戸と一緒に新しい一歩が踏み出せるのならどれだけよかったか。

 木戸はまじめで、不器用だけど他人に対する優しさも持っている。

 部活に打ち込んでいる姿も共感できるし、言葉遣いも丁寧だ。

 ところが、だ。意に反して、ますます宏彦への想いが募るばかり。

 彼への好意度は天井知らずの折れ線グラフを更新し続けている。

 マキがアドバイスしてくれた時に、勇気を出して宏彦に告白しておくべきだったのではないかと後悔するが、時すでに遅し。

 それから数日後、澄香は決定的な事実を目の前に突きつけられることになる。


 運命のその日は定期テストの前日で、全校生一斉下校の指示が出ている放課後のことだった。

 突然降り出した雨に、校舎一階のロビーが生徒であふれかえっていた。

 カバンを頭に乗せて走り出す者や折り畳み傘を苦労して広げる者。

 あるいは誰のかわからない忘れ物の傘をあさっている者やスーパーの袋をかぶって駆けだす者もいて混雑はピークに達する。

 バーゲン会場さながらにひしめき合った人ごみの中に、澄香はいち早く宏彦の姿を見つけた。

 やはり彼も傘を持って来ていないようだった。

 澄香はその時、とっさにひらめいたのだ。

 自分の折りたたみ傘を宏彦に貸してあげようと。

 どうして突然そんなことを思ったのか彼女自身も不思議な気持ちだったが、その時はそうするべきだと強くそう思ったのだ。

 自分はマキの傘に一緒に入れてもらえばいいのだから。

 すぐに彼の近くに走り寄り、傘を差し出す。

 ブルーのチェック柄のその傘なら、男子が使っても違和感はない。

 そして、次の瞬間、澄香の動きが不自然に止まった……。


「宏彦、一緒に帰ろ。あたしの傘、大きめだから。二人で入っても濡れないよ」


 澄香の前に立ちはだかるようにして親しげに宏彦に話し掛ける女子生徒が現れたのだ。

 確かに澄香が傘を差し出した瞬間、宏彦の視線が澄香を真っ直ぐに捉え、何か話しかけてくるように見えた。

 それなのに、突然目の前に現れたロングヘアーの女子生徒に視界を妨げられる。

 結局そのブルーの傘は宏彦の手に渡ることなく、再び澄香のカバンに舞い戻るのに時間はかからなかった。

 澄香は、その人が振り返った瞬間、胸元のリボンが緑色であるのを確認した。三年生だ。

 この人はきっと、野球部マネージャーの片桐さんに違いない。

 高い位置のウエストラインからすらりと伸びた足。

 薄い色彩の瞳と、濡れたようなつややかな唇をしたその人に、瞬く間に視線が釘付けになる。

 とてもきれいな人だった。


「あら、あなた。もしかして翔紀の? 」


 その美しい人が澄香に話しかける。

 翔紀、つまり木戸のことを言っているのだろう。


「あの、あたし……」


 否定する間もなく、美しい先輩が言葉を重ねてくる。


「そうだわ。間違いない。翔紀のカノジョよね。ふふふ。かわいらしい人。翔紀が好きになるのも仕方ないわね。えっと、かわいい後輩さんにお願いがあるの。翔紀、とてもいい子だから、これからもよろしくね。優しくしてあげて」


 優しくしてあげて……。

 声のトーンはどこまでも柔らかく、響きのある深いアルト。

 でも彼女の目は、少しも笑ってなんかいない。

 宏彦に近寄らないで。彼は私のものよ、とでも言っているような、じっとりとした粘りを含んだ鋭い視線に(はば)まれ、澄香はその場からわずかたりとも動けなくなってしまった。

 片桐の肩越しに覗く宏彦の悲しげな目元が、澄香の脳裏に焼きつく。

 その目が、ごめん、と言っているようにも見える。


「さあ、あたしたちはもう帰りましょう。宏彦、あなたが傘さしてね」

「あ、うん……」


 まるで恋人同士だ。

 宏彦の腕に片桐の手が絡みつき、どこかで観た映画の一場面のように鮮明に澄香の視界に飛び込んでくる。

 オマージュ。そう、これは幻影なのだ。

 宏彦を想い焦がれるあまり見えてしまった、幻の光景。


「池坂……」


 その刹那、宏彦が振り返り澄香の名を呼んだ。

 その一言が彼女の心に深く沈み込み、やがて消えていく。

 彼は年上のあの人と共に、雨の街に吸い込まれていくように澄香の前からいなくなってしまった。


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