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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
129/210

5.アイシテル…… その1

宏彦が澄香にほのかな思いを抱き始めた頃の物語です。

宏彦視点になります。

「池坂! 」


 宏彦は下り坂の途中、自転車で追い抜きざまに澄香に呼びかけた。

 すると次の瞬間、背後でギィーっと急ブレーキをかける音がする。

 自転車を止め、あわてて後を振り返ると、澄香が自転車から降りて立ち止まり、不思議そうな顔をこちらに向けているのが見えた。

 何も彼女を引き止めるために名前を呼んだわけではない。

 それはいたって軽いあいさつ代わりで、そのまま彼女と一緒に学校まで自転車で走っていければラッキー、という程度のノリだったのだ。


「おい、池坂。何してるんだよ。そんなところで止まってると、学校に遅れちまうぞ」

「あ……。うん」


 宏彦が彼女に話しかけたことが余程意表をついたのか、びっくりしたように目を見開いたまま、こくっと頷いた。

 彼女はボックスプリーツのスカートの裾を気にしながらも、すぐにサドルにまたがり、再びゆっくりと坂道を下り始めた。

 ちゃんと自転車を走らせているのだろうか。

 宏彦は後ろを振り返り彼女の様子を見る。

 すると恥ずかしそうに目を伏せる。

 近頃はいつもそうだ。

 教室で友人たちと楽しそうに話している時でも、宏彦と視線が絡んだとたん、口をつぐみ目を逸らすのだ。

 もしかすると、まだ始業式のあの出来事を気にしているのかもしれない。

 職員室前の廊下でぶつかって派手に転んでしまった彼女は、あの日以来、どうも宏彦を避けているように思えるのだ。


「なあ、池坂」


 宏彦は、斜め後を走る彼女の速度に合わせるように、ブレーキをかけながらゆっくりと自転車を走らせ、沈黙し続ける彼女の気持をほぐすように、やや冗談めかして訊ねてみた。


「俺の名前、憶えてくれた? 」と。


 新学期が始まって、もう二週間以上経つ。

 彼女がまだ名前を覚えていない可能性は低いはずだが、唯一の共通の話題として、問いかけてみたのだ。

 もう、加賀屋君ったら。憶えたに決まってるでしょ。

 あれから何日経ったと思ってるのよ……と、軽く返してくれればいい。


 他愛のない会話から少しずつ、クラスメイトとして適度に親しくなっていければ、それでいいと宏彦は思っていた。が……。

 

「えっ? 」


 澄香が短くそれだけ言ったとたん、またブレーキ音がこだまする。

 彼女は当惑顔で、またもや自転車ごと道の途中で止まっていた。

 冗談が通じなかったのだろうか。

 それとも、まさかとは思うが……。


 まだ名前を憶えていない?


 宏彦は澄香を前に、自分の無力さと存在感の薄さを思い知り、みるみる自信を喪失していった。

 だがここでへこんでばかりもいられない。

 今こそ、もう一度自分をアピールするチャンスなのかもしれないと、意識を奮い立たせる。


「ったく、池坂。車道で、そんな急に止まってばかりいると、後から来た車に追突されるぞ」


 すると澄香は、ひゃっ! とすっとんきょうな声を上げ、身体をびくっと震わせた。

 交通量の少ない住宅街の道路の片隅であわてて後を振り向き、きょろきょろと辺りを見回す。

 車など、どこにもいないというのに……。


 宏彦は、澄香の一連の動きから目が離せなくなった。

 おもしろい。

 こいつ、想像以上にユニークなやつなのかもしれないと澄香をまじまじと覗き見る。

 きょとんとした顔も、驚いた顔も。

 もちろん、笑顔も、恥ずかしそうな顔も。


 彼女が生み出すすべての表情がおもしろくて……。

 そして、ありえないほど、かわいい。

 どうしようもなく愛らしくて、飽きることなくいつまでも眺めていたくなる。


「いいか、池坂。俺は、加賀屋だ。本当に憶えてくれた? まさか、まだ知らないとか言うんじゃないだろうな」


 ついからかってみたくなり、宏彦のいたずら心が次第にエスカレートする。


「う、うん。憶えた。憶えてるに決まってるじゃない。やだ、あたしがまだ加賀屋君のこと、知らないとでも思ってたの? 」


 澄香が突如、饒舌になる。

 つややかな唇から、滑らかな語り口調で心地よい言葉がつむぎ出されていくのだ。


「あのあと、すぐに加賀屋君のこと思い出したんだから。小学校の時、途中でいなくなって、中学でいつの間にか戻って来た人だよね。時代劇に出て来そうな珍しい名前だったから、だから名前はずっと憶えていたんだよ。憶えていたんだけど……。今まで同じクラスになったことなかったし、遊んだこともないでしょ? だから……」

「そういえばそうだな。池坂とはずっと一緒の学校だったのに、不思議と一度も同じクラスにならなかった。でも俺は池坂のこと、よく知ってたぞ。なのに、池坂ときたら……」

「ご、ごめんなさい。でもね、あの日ね。うちに帰ったらすぐに昔の卒業アルバム引っ張り出してきて、ちゃんと確認したんだ。加賀屋君の、こと……」


 いつしか彼女の頬が薔薇色に染まり、風船がしぼむように声が小さくなって消えていった。



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