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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
128/210

4.恋の終止符 その3

「南? どうした? 」

「あはは、どうもないよ。何もないって。あは、は、は……」

「それで何もないって言えるのか? 泣いてるぞ? 」

「あれ? おかしいな。なんであたし、泣いてるんやろ」

「なんでって……。本当に、大丈夫か? そんなに辛かったのか? 」


 加津紗は目の前でおろおろする寛太を見て、ますます胸が苦しくなる。

 今まで我慢していたありとあらゆる思いが、次々と溢れてくるのだ。


「うん……。でも寛太君は、あたしが辛い理由なんて、きっと何もわかってへんと思う」

「そんなことない。その……ホントに言ってもいいんだな? 南をますます傷つけるかもしれないが……。仲のよかった池坂や花倉に隠し事をされたのが、辛かったんだろ? 今日まで池坂の結婚話を南は知らされてなかった。だから、のけ者にされたみたいで……」

「ほら、やっぱり。あんたは何もわかってへん。あたしのことなんか、何もっ! 」


 加津紗は、とめどなく流れてくる涙を手で拭いながら、声を荒げる。

 隣のカップルがこっちを見た。

 カウンターの向こうの店員が忙しげにグラスを磨きながらも耳だけはこちらに傾けているのがありありと見て取れる。


「まあまあ、かっちゃん。落ち着いて。俺の言ったこと、違ってた? おかしいな……。絶対そうだと思ったんだけどな。なら、いったいどうしたんだい? 俺でよかったら話してよ。そうそう、ゆっくりと、落ち着いて、落ち着いて……」


 かっちゃん……。寛太の声が自分をそう呼ぶのを聞いたのは何年ぶりだろう。

 加津紗は、急激に気持が静まっていくのを感じていた。


 加津紗の恋心には全く関心を示さないくせに、周りの反応だけは人一倍気にする寛太らしく、声を潜めて、加津紗にゆっくりと語りかけてくれる。

 今日のクラス同窓会は、適当な理由をつけて欠席する予定だった。

 好きな人の彼女など、絶対に見たくないと思ったから。

 でも、加津紗がここまで本気で加賀屋を好きなことは、誰も知らない。

 まるでテレビのアイドルを応援するようなノリで彼のファンだと仲間内に言っていたのだが、澄香はもちろんのこと、親友のマキも由布子も、加津紗の本心には気付いていないはずだ。


 少し気の弱いところのある由布子にどうしても一緒に同窓会に行こうとせがまれ、断りきれず参加することになったのだが、加賀屋の彼女になんか誰が会ってやるものかなどと思いながらも、心のどこかで、あれは冗談だよと彼が撤回してくれるのを待っていたのかもしれない。


 でも、加津紗の願いが叶うことはなく、あろうことか、自分と同じように彼にあこがれを抱いていたもう一人の親友が、加賀屋自身の口から、彼女であると紹介されたのだ。


「あたしね……」


 加津紗が、化粧の取れた目元を隠すことなく、真っ直ぐに寛太の目を見て話し始めた。


「あたし、嘘ついた……。澄香に、結婚おめでとうってゆったの、嘘やった。全然そんなこと思ってへんのに、にこにこしながら、いい子ぶって……。そんなこと言ってしもて」

「嘘? どういうことだよ? 」

「あたし、澄香が、うらやましかってん。あたしが澄香になりたかった。あたしが、加賀屋君のお嫁さんに……なりたかった」

「かっちゃん……」

「だから澄香に、心からおめでとうって、言われへんかった。あたしって、実はこんなに嫉妬深くて、意地悪な子やったって、今さらながら自覚してる。寛太君にだって、昔、ひどいことしたんや。寛太君と仲がええこと、誰にも知られたくなくて、苗字で呼び合おうってゆうた。あたしって、最悪やろ? それに、澄香の親友やのに、心の底から祝ってあげられへんかった……。あたし、あたし。澄香に悪いことしたって思ってる。加賀屋君のことは、とっくにあきらめてたはずやのに、やっぱり、まだ忘れられへんかったみたいで。ほんまにあほやな、あたし……」


 加津紗はそのまま俯いて、唇をかみしめた。

 次から次へと零れ落ちる涙が、お気に入りのワンピースに染み込み、丸く滲んだ模様を作る。


「かっちゃん、ごめんな」


 寛太の謝る声が加津紗の耳に届く。


「かっちゃんの気持に気付いてやれなくて、ごめん。おまえも苦しんでいたのに、俺、ずっと甘えてばかりだったよな? 俺の方こそ、どうしようもないあほだよ」


 加津紗は下を向いたまま、首を何度も横に振った。そんなことないよ……と。


「今はまだ無理だけど、あの二人が結婚する時」


 ……結婚する時? 加津紗は、寛太の声に誘われるようにして顔を上げた。


「秋にあの二人が結婚する時、俺とおまえの笑顔で、今度こそ本当の祝福の気持を伝えてやろうよ」

「本当の祝福の気持ち? 」

「そうだ」

「あたしに、できるかな? 」

「できるさ」

「ほんまに? 」

「ああ。できる。きっと終止符を打てるよ。打たせてみせる……」


 寛太が前かがみになり目を細め、加津紗に優しく微笑みかける。

 そこには何の根拠もないけれど、寛太の言ったとおり、秋になれば笑顔で澄香におめでとうと言えるような気がしてきた。

 彼を完全に忘れることは無理かもしれないが、あの二人を見守っていくことなら、出来そうだ。


「あたし、寛太君にも意地悪してたんよ。それやのに、そんな風に、あたしを励ましてくれるの? 」

「あたりまえだろ? おまえが俺に意地悪したって? そんなもの、とっくにわかってるって。俺だって、おまえをいっぱい困らせてきたんだし。お互いさまってやつだよ。ねえ、かっちゃん、笑って。いつものように笑ってよ。おまえのクラスの子どもたちに見せるような笑顔を、俺にも見せて」


 加津紗ははっとしたように寛太を見た。

 そして、ほんのりと日焼けした顔を一瞬だけほころばせ、ふっと笑って見せた。


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