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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
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3.恋の終止符 その2

 寛太がこうなったのにはわけがあった。

 それは彼が大学四年の六月のある日のこと、保育士になって二年目の加津紗は、就職活動中だった寛太から突如連絡を受け、今日の同窓会会場だった居酒屋に無理やり呼び出されたのだ。

 仕事でくたくたになった身体にムチ打って、約束の時間に店に顔を出すと、いつになく不機嫌な彼が加津紗を見るなりこう言ったのだ。

 就活はもう辞める、と。


 辞めた、辞めた、辞めたと何度も叫びながら酒を煽る寛太をそのまま放っておけなくて、居酒屋の閉店後、カラオケ店に運び込み、朝まで介抱したのを昨日のことのように思い出す。

 高三で猛勉強をして地元の国立大に進学した寛太だったが、いくら希望する企業にエントリーシートを提出しても、次の面接に呼んでもらえることはまれで……。

 ようやく取り付けたグループ面接に出向くのだが、口下手ではにかみ屋の性格が災いしたのだろうか。

 最終面接の日程が記された企業からのメールが、寛太宛てに届くことはなかったという。


 そしてその日からしばらくたった初夏のある日。

 寛太の髪は金髪になり、耳にはピアスが光を放っていた。

 同じように就職活動がうまくいかなかったメンバー同士で大学在学中に会社を興し、今に至る……というわけだ。


 彼の場合、外見が華美になってもマイナス要因にはならなかった。

 生まれ持った品のよさが勝るのか、少しも軽く見えないのだ。

 それが営業面にプラスに働いたのだろう。

 いつの間にか、業界誌にもその名を連ねるようになっていた。


 寛太には父親がいない。

 初めてその事実を知らされた時、加津紗はすぐには信じられなかったが、彼曰く、生まれた時からずっと父親がいなかったらしい。


 寛太は、事情があってシングルマザーを選択した母親に、慈しみ育てられたのだ。

 母親の仕事の都合で東京から神戸にやって来た時、まだ小学生だった寛太は、加津紗より身体もずっと小さかった。

 野辺沢家とは、加津紗が高校まで住んでいた団地で隣同士だったが、今では加津紗一家は団地のすぐ近所にある中古の一軒家に引っ越してしまったので、隣同士の関係はすでに解消されている。


「なあ、南。池坂は、高校の時から加賀屋と付き合ってたのかな? 」


 コーヒーを半分くらいまで飲んだ寛太が、ぼそっと訊ねる。

 当時澄香が木戸と付き合っていなかったと知った寛太が、そう思うのも仕方ない。

 でも、それは違うと加津紗は自信を持って言える。


 当時加賀屋には、ひとつ年上の野球部のマネージャーがべったりとくっついていたから、澄香も遠くから見ているだけだった。

 そういうことにめっぽう疎い寛太は、本当に何も知らないのだ。


「付き合ってないよ。さっきマキに訊いたんやけど、今年になってから付き合い始めたってゆうてた」


 加津紗は仕入れたばかりの新鮮なネタを披露する。

 マキは確かにそう言った。

 信じられないことだが、まだ付き合って三ヶ月にも満たないとも言っていた。


「今年? 」

「うん」

「そうなのか……」

「あたしだって、澄香のこと、今日まで何も知らんかったんやもん」


 加津紗はまだ一度も口をつけていないカップの中の黒い液体をじっと見つめて言った。


「えっ? そうなんだ。南も池坂も花倉も、あんなに仲が良かったのに、何も知らされなかったんだ……」

「う、うん」

「なるほど。そういうわけか」


 突然、寛太の声が、何かを発見したかのように弾む。


「どないしたん? 何が、なるほどなん? 」

「ははん。どおりで……。さっきから南の様子が変だと思ってたんだ」


 一人納得している寛太に、加津紗は首を傾げる。

 まさかとは思うが、あのことに気付いたのだろうか。

 そうならば、この幼なじみも少しは成長したといえるのだが……。


 加津紗は緊張した面持ちで、寛太と目を合わす。


「ねえ、寛太君。あたしのこと、何かわかったん? 」


 加津紗は、恐る恐る訊いてみた。

 もしあのことに気付いてくれたのなら、話を聞いてもらえるのではないかと淡い期待を抱く。


「おおっ。久しぶりに南が寛太君って呼んでくれた。なんか、なつかしいな……」

「あっ、ごめん。でも、ここやったら、クラスの誰にも見られてへんし、かまへんかなって思って」


 加津紗はきょろきょろと辺りを見回し、声を潜めて言った。


「そうだな。じゃあ、あの取り決めはもう無効にする? 」


 高校に入学してすぐに、二人で決めた約束があった。

 周囲の誤解を避けるために、お互い他人のふりをして、苗字で呼び合おうと。

 ふりをするも何も、もともと他人なのだから、今になって思えばそこまで自意識過剰になる必要もなかったのだが……。

 言い出したのは、加津紗の方だった。

 本当は、おたく少年の寛太と仲がいいのを高校の友達に知られたくないというのが一番の理由だったのだ。

 そして、大好きな加賀屋宏彦に、寛太との関係を誤解されるのも怖かったから。

 こんなに気の合う幼なじみなのに、どうしてあんなにひどいことを考えていたのだろうと、加津紗はあの頃の自分を思い出すだけでシクシクと胸が痛む。


「そうやね。これからは好きに呼んだら……ええよ……ね」


 あの頃の真実を知ったら寛太はどう思うのだろう。

 許してくれるのだろうか。

 加津紗の心が寛太への懺悔の気持と、加賀屋への届かぬ思いでいっぱいになる。


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