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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 1
126/210

2.恋の終止符 その1

澄香の友人、加津紗視点になります。

「今夜はまいったよ、はあ……」


 目の前の幼なじみが疲れたように大きくため息をひとつつき、ゴブラン織りの豪奢なソファと共に、深く沈みこんだ。


「ホンマやね」


 そう言って南加津紗は一杯七百円もするコーヒーに用心深く砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜる。

 音を立てないように。こぼさないように。

 コーヒーカップに意識を集中させて上品かつしとやかにスプーンを回した。


 たかがコーヒーを飲むためになんでこんなに気を遣わなくちゃならないのだろうと、理不尽な怒りがふつふつと込み上げてくるのを、どうにか押しとどめながら、そっとかき混ぜる。


「今度こそ、念願が叶うと思ったのにな……」


 サイフォン式のコーヒーが飲みたいと言って、わざわざこの店を選んだ目の前の男は、今夜ばかりは加津紗の所作に文句をつけたりはしない。

 彼女の心の内など何も知らない幼なじみでもあるこの男は、自分より不幸な人間は世界中どこを探してもいないとでも言うように、さっきから飽きることなく悲劇のヒーローを演じ続けている。

 ここは自分が大人になるしかないと加津紗は幼なじみの聞き役に徹するのだ。


「残念やったね。せっかくコンビニの前で澄香と再会できたのに……。そんな偶然、めったにないのにね」


 これは社交辞令でも何でもない。本当に心からそう思ったのだ。


「ああ……。俺、心臓が止まるかと思ったよ。マジで」

「そっか……」


 幼なじみはこうやって二人で話す時、自分のことを俺と言う。

 意図的なのか無意識なのか、彼のスタンスはいまだ理解できない部分が多い。


 そういえば、大学時代に付き合っていた彼女には、僕と言っていたような気がするのだが。

 残念ながらその彼女とは大学卒業と同時に別れてしまったらしい。


「池坂、高校時代とちっとも変わらないんだ」

「そうだね」

「あんなに美人なのに、それを鼻にかけるわけでもなく。いたって普通なんだよな」

「それが澄香のいいところやもん」


 澄香はいつだってそうだった。

 だからずっと親友でいられたのだ。


「あいつ、俺のこと、完全に忘れてしまってるんだぜ。必死になって思い出そうとしてた」

「ふふ。澄香らしいわ。あの子、人の顔憶えるの、めっちゃ苦手やねん」


 確か加賀屋君も家が近所なのに、高校二年で同じクラスになるまで、顔と名前が一致しなかったと言ってたっけ……。

 加津紗は、そんな澄香の憎めない欠点を思い出し、クスッと笑った。


「そっか。顔憶えるの、苦手なのか。ああ、でも……。あの時の彼女、どれだけかわいかったか……」


 瞳をキラキラさせて熱弁を振るう目の前の男が次第に不憫になってくる。

 加津紗は、ただただ頷いてあげることしか出来ない自分が、辛くもあった。


「あともう少しエレベーターに乗っていたら……。なりふり構わず、彼女を抱き締めていたよ。きっとね」

「ええっ? ちょっとそれ、待ってよ! 犯罪やんか。もし澄香が大声出したら、あんた、捕まるやん」

 

 のんびりと話を聞きながら、ついうっかりと油断していると、この目の前の男がとんでもないことを言い出す。

 こいつはいったい何を考えているのか。

 加津紗は、幼なじみの危うい思考回路に肝を冷やす。


「だ、だから、もしもってことだよ。南、俺を疑ってるのか? 」

「そんなことあらへんけど。でも、あかん、絶対にあかんよ! 」

「わかってるよ。俺がそんなことするわけないだろ? 」

「そ、そやけど……」

「そやけど? 」


 身を乗り出し、目の色を変えて弁明する男にたじろぐ。

 昔は同じような場面に遭遇しても平気だったのに、ここ最近、幼なじみの顔が近付くと、なぜかどきっとしてしまうのだ。

 相手はただの寛太だと自分に言い聞かせて、ようやく平静を取り戻す。


「俺が実は小心者だってこと、南が一番よく知ってるはずだよね」

「う、うん」

「もしそんなことしてみろ。俺、加賀屋に半殺しにされるところだったよ。ああ、変な気を起こさなくて、ホントに良かった」


 幼なじみの口から出た加賀屋という響きに、加津紗はぴくっと反応してしまう。

 それでも彼は気付かない。

 永遠に気付かないのではと思ってしまうほど、この男の鈍感さはお墨付きだ。


「あ──。こんなことなら、高校の時に彼女に告白しておくんだった」

「告白? 」

「だって、南。池坂は、木戸とは付き合っていなかったって言ってたよな」

「うん。それはあたしも知ってたけど、澄香はあの頃から加賀屋君のことが好きやったから」

「そ、そうだったのか? 」

「そう。だからあんたが澄香のことが好きでも、力になってあげられへんかってん」

「そうか……。じゃあ、池坂は。初恋を実らせたってわけか……」


 幼なじみはミルクをほんの少し入れて、見るからに苦そうなコーヒーをゆっくりと口に含んだ。



 この幼なじみの野辺沢寛太は、昔から妙に気品があった。

 ゲームおたくなどと言われて、女子からはあまり相手にされなかったけど、当時かけていた地味なめがねをはずした今は、ご覧の通り。

 誰もが認めるイケメンに変貌を遂げたのだ。


 少し長めの髪は明るい茶色に染めている。

 左耳には、プラチナのピアスが光っていた。

 以前の寛太を知っている加津紗は、すぐにはこの状態の彼を受け入れることができなかった。

 それまでの幼なじみとは、何もかもが、あまりにも違いすぎていたから……。


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