13.俺の彼女、紹介するよ その2
宏彦はそんな大西の質問など全く聞き入れる様子もなく、ただひたすら澄香に心配そうな視線を注いでいた。
「す、いや、池坂、本当に、大丈夫なのか? 」
周囲の奇異の目をよそに、宏彦の心配モードはますますエスカレートする。
彼には、ここが仲間たちがいる同窓会の場であることが、一瞬にして思考から抜け落ちてしまったようだ。
「あっ、な、何でもないの。ただ、ちょっとめまいがして、横になってただけ。なんだかすぐに酔っちゃって。おかしいでしょ? 」
「酔った? そうか、それならいいけど」
「ごめんね、本当に大丈夫だから。ところで、加賀屋君も、マキも。そ、その……。仕事は、もう終わったの? 」
うまく言えただろうか。
澄香は宏彦限定でなく、周りの皆にも語りかけるように言ったつもりだった。
宏彦も自分の暴走に気付いたのか、幾分冷静さを取り戻して腰を落ち着ける。
「ああ。一応仕事は片付けてきた。す、あっ、いや、池坂も無理するなよ。いろいろ忙しいんだろ? 」
「え? あ、ああ。まあね。ちょっとは、その、忙しいかな? はは、はははは……」
澄香の力のない笑いが、一抹の虚しさを助長させる。
大西は尚もそんな澄香と宏彦を監視し続けているのか、一向に二人のやり取りから目を離そうとしない。
「そ、そうだよね。澄香の会社、今、ちょうど繁忙期なんだよね。あたしも、シーズン中だから、首が回らないほど忙しいんだ。お互い、社会人としてがんばらなくちゃね、あはは、ははは……」
空々しいマキの笑い声が、ますます大西に不信感を与えてしまったのだろうか。
彼のどんぐり眼が、懐疑心の塊りのような冷たい視線を放ち、これみよがしに腕を組んだ。
「ふーん。なるほどな。そんなしらじらしい芝居はもうそれくらいでええんちゃう? かがちゃんも、花倉も、そろそろ覚悟しろや。これ以上、おまえらの臭い演技に池坂を巻き込んだらかわいそうやで」
大西がしたり顔で、そんなことを言う。
やはりまだ、誤解したままのようだ。
「なあ、かがちゃん。約束どおり、みんなに発表してもらおか。おまえのカノジョのこと。で、その人はいったい、いつ来るん? 」
話を振られた宏彦は、あっ、と声を詰まらせた後、大西を疎ましそうに見た。
「実はもう、おまえのカノジョ、ここにおるんとちゃうんか? みんなも、よう知ってる人やったりして……。池坂も、なんやさっきから苦しそうやし。はよ楽にさしたりーな。な、かがちゃん。そして、花倉も」
宏彦は眉間に皺を寄せ、澄香に信号をよこして来る。
大西はすべてを知ってしまったのか、それとも、何か誤解をしているのか……と。
澄香は誰にも気付かれないように小さく首を横に振る。
大西は多分誤解しているままだ、と。
彼のこれまでの言動を検証してみる限りでは、まだ宏彦の彼女はマキだと思っているに違いない。
経緯を何も知らない宏彦に、必死でテレパシーを送った。
大西の口車に乗ってはだめだと目で訴える。
「そやそや、かがちゃん、はよ紹介してえな」
大西の話を聞きつけた中田が、ここぞとばかりに口を挟んでくる。
にやっとした大西がおもむろに立ち上がった。
「えーー。では、みなさん。よー聞いてや。本日の同窓会の最重要事項でもあります、加賀屋氏のとっておきのカノジョを紹介してもらう時間がやって参りました」
「やったーー! 待ってました! 」
「いいぞーー、大西! 」
「かがちゃーーん! はよ紹介してよ」
「ヒュー、ヒュー! 」
みんなの黄色い声が矢継ぎ早に飛び交う。
「えっと、その前に。加賀屋氏と花倉女史が不在の間に決まったことを、簡単に報告しておきます」
ほろ酔い気分のクラスメイトから、過激なコール続く中、大西は誰が用意したのか、私が幹事ですと書かれたパーティーグッズのたすきをかけ、澄ました顔で再び場を仕切り始める。
「えっと、加賀屋氏と花倉女史は何が理由かは不明瞭ですが、チョー多忙なため、今回限りで同窓会幹事を辞任していただくことになりました。ええ、多忙な理由は、この後、はっきりと解明することと思います」
含みを持たせた言い方をした大西がふふんと鼻で笑う。
澄香も宏彦も、そしてマキも。
この三人だけ皆とは全く違った空気をまといながら、固唾を呑んで大西の言葉に耳を傾けていた。
「で、次期幹事は、のべ太こと野辺沢社長と、我がクラスのマドンナ、池坂ちゃんに決まりました」
いよっ! 待ってましたと沸きあがる拍手で三人を除く全員が賛同の声をあげる。
すると宏彦が血相を変えて、目の前に立っている大西に、おいちょっと待てと横槍を入れる。
「かがちゃん、何やねん。解任の挨拶は俺の報告の後でもええやろ? 」
「いや、そうじゃない。今度の幹事は、おまえと誰か他の女子がやるんじゃないのか? どうして野辺沢と池坂なんだ」
「あーー。ちょっとみなさん、お待ち下さい」
大西が皆に中断の許諾を取った後、その場に座り、宏彦に説明を始めた。
「野辺沢が快諾してくれたんや」
「野辺沢が? 」
宏彦が、女子に囲まれている野辺沢を伺い見る。
「ああ、そうや。あいつが自ら興した会社も軌道にのっとうみたいやし。これからは、こんな集まりにも積極的に参加してくれるそうなんや。それでな、池坂と一緒やったら幹事やってもええってゆーてくれて。おまえが仕事大変やから、のべ太が快く引き受けてくれたんやで。別にそれでええやろ? 皆も賛成してくれてるし」