12.俺の彼女、紹介するよ その1
澄香視点になります。
「本日集まっていただいた、元三年二組のみなさん。今まで幹事不在で真に申し訳ありませんでした」
「いよっ! この、色男っ! 幹事さーーん。別に遅れたってかまへんでー」
会場に集まっているクラスメイトを前に、宏彦が不在を詫びる。
その直後、中田が発した掛け声を皮切りに、あちこちから冷やかしともとれる声援が飛び交う。
「ホンマや、ホンマや。遅れても、別にええでーー! 」
「ちゃんと来てくれてありがとー! 」
「仕事、お疲れ! 」
宏彦が来たからには、もう何があっても大丈夫だ。
澄香は逸る胸を抑え、自分の席に戻った。
「料理や飲み物の追加はまだ十分オッケーですので、どんどんオーダーして下さい。あと一時間の延長も許可をいただいています」
宏彦は皆にそう言い終えると、大西のそばにやって来た。
もちろん澄香はまだ大西の隣に座っている。
宏彦が大西の後ろ側に座り、これまでの会の進行状況を訊ねている間も、澄香は目のやり場に困り、二人きりで会っている時とはまた違った空気感に落ち着かない。
こんな近くにいながら、全く無視をするのも逆に不自然ではないだろうか。
澄香はちらっと宏彦に視線を送り、加賀屋君、久しぶりなどと軽くあいさつの真似事などをしてみた。
久しぶりに会ったクラスメイトとはどれくらいの距離感だろうか、などと考える。
なかなか変な感じがするものだ。
美容院に行く前まではずっと一緒だった人に、それも、遅い朝食の後に巻き起こったフルコースの愛情表現を惜しげもなく注いでくれた未来の夫に対して、久しぶりなどと白々しい挨拶をする自分が多少なりとも痛々しい。
すると宏彦が眉をぴくっと上げて、怪訝そうにこちらを見る。
「ケータイ……あっ、いや、久し……ぶり」
携帯はどうしたんだと言いかけたようだが、ここでは訊けないと瞬時に察した宏彦は、すぐにその言葉を飲み込み、澄香同様、ただの元クラスメイトをしっかりと装ってくれる。
急に仕事が入ったことを知らせようと、何度も連絡を取ってくれたであろうことはもう間違いない。
いつまでたっても返信がないので、きっと不審に思っていたのだろう。
澄香は声に出さず、目と口の動きで宏彦ごめんねと伝え、こそっと手を合わせた。
ただひとこと、携帯をマンションに忘れてきたと言えばいいだけなのに、それを言えないもどかしさに焦らされる。
宏彦の目が、携帯を忘れた? と言っているのがわかる。
澄香はすかさずうんと頷く。
続けて宏彦に仕事は無事終わったのかと訊きたいところだが、いくら心を通わせている二人とはいえ、そんな込み入った内容までアイコンタクトだけで交信するのは、とてもじゃないが無理な話だ。
どうすればいいのかと考えあぐねていると、大西が腑に落ちない面持ちで澄香を覗き込み、腕を組んで思案顔になる。
「池坂。おまえ、どないしたん? さっきから、なんやおかしいで。かがちゃんに何か言いたいことでもあるんか? 」
首を傾げる大西に、澄香は慌てふためいて、違うよ何でもないってと顔の前でバタバタと手を振る。
別の女子グループに引き込まれていたマキが澄香の異変に気付いたのか、遠く離れた位置からグラスと箸を持って、澄香と加津紗の間にやって来た。
「澄香、どうしたの? 」
二人の事情はおおよそ把握しているマキが、まだ何も気付いていない大西から澄香のピンチを救うべく声をかけてくれたのだが……。
「花倉。どうしたもこうしたもあらへんで。こいつ、さっきまで倒れてて、そこで寝てたんやけどな」
「ええっ? 倒れた? いったい、どうしたのよ」
マキが、澄香と大西を交互に見て、目を丸くしている。
「もう大丈夫や言うわりに、なんか、池坂がおかしいねん。言いたいことを我慢してるっちゅーか、誰かをかばってるっちゅーか。なあ、花倉。おまえも、何か言いたいことあるんと違うか? 池坂も花倉の秘密を抱えて辛そうやで。なあ、なあ」
マキに早く白状しろと言わんばかりに、大西が意味ありげな視線を投げかける。
すると、そんな大西を押しのけるようにして、彼の後ろに控えていた人物が血相を変えて吠え立てる。
「倒れた? こいつが? おい、すみ……じゃなくて、池坂。何があったんだ! 」
そう訊ねたのはもちろんマキではなく、他人のふりをして澄香とアイコンタクトを取っていた宏彦だった。
大西を払いのけて身を乗り出し、澄香の面前に迫ってくる。
大西は転げそうになりながらも、いったい何事かときょとんとした眼差しで宏彦を見ている。
「ちょ、ちょっと、かがちゃん。ここでマジになったらマズイってば! 」
皆にバレてしまうと危機を悟ったマキは、ぎょぎょっとした顔をして、宏彦に進言する。
「おい、かがちゃん。どないしたん? 何をそんなに慌ててるん。池坂となんかあるん? 」
大西は宏彦の豹変に唖然としている。