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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 2 同窓会はお手柔らかに
121/210

11.王子様は秘密主義 その2

 どうしてこんなにも時間が経つのが遅いのか。

 まだここに来てから十分しか経っていない。

 澄香は今ごろ美容院の鏡の前で、ヘアスタイルに注文をつけているのだろうか。

 せっかくあそこまで伸びた柔らかくていい香りのする髪に、出来ることならハサミを入れて欲しくなかった。

 いっそのこと、途中で下車させずに、ここに連れて来た方がよかったとさえ思う。

 抱きしめた時、鼻先をくすぐる髪も。

 撫でた時、指先にしっとりと絡む髪も。

 そして首筋に口付けた時、唇の表面をすべり落ちる髪も。

 そのすべてがどうしようもないほど愛おしいのだから。


「……おい、かがちゃん? おーーい! おまえ、大丈夫? 」


 宏彦の目の前に、むさ苦しいひげ面がどーんと待ち構える。

 以前より体格も一回り大きくなった大西が、風貌に似合わないまん丸のかわいらしい目を宏彦に向けるのだ。


「あ、ああ。ごめん。ちょっと、いろいろあって……」

「そんなにカノジョが恋しいんか? 」

「いや、まあ」

「ああ、うらやまし! なんか、眠そうやけど。仕事も大変そうやし。今夜は京都に戻るんやろ? 」

「京都? 」

「えっ? 」


 大西が不思議そうに訊き返す。


「そうか……。おまえにまだ言ってなかったな」

「うん。何も聞いてへんけど。いったい何のことや? おまえの寮、京都やろ? 」


 大西がきょとんとして、ラージサイズのカフェラテを機械的にゴクゴクと喉に流し込む。


「引っ越した」

「ええ? そうなん? で、どこに引っ越したん? 」

「西宮に」

「西宮? それまた不思議な引越しや。西宮やったら、実家でもええんちゃうん。なんで西宮なん? 」

「結婚……する」


 宏彦の返事を聞いたとたん、大西がゴホゴホと派手にむせた。


「あー苦しい……。お、おまえ。結婚、すんの? ホンマに? えらいこっちゃ。残業増やさなあかんやん。木戸ももうすぐ結婚するんやで。祝儀貧乏になりそうや。ホンマえらいこっちゃ」


 大西が携帯を取り出し、野球部連絡網を発動させようとする。


「それで、相手は誰なん。西宮に住むんやったら、こっちの人やろ? それに学生でもなさそうやし。みんなにも知らせなあかんから()よ教えて」

「大西。ちょっと、待て! 待ってくれ! 連絡は後にして、とにかく俺の話を聞いてくれ」


 大西が怪訝そうに宏彦を見ながら、しぶしぶ携帯を置く。


「誰なんや。ほんまガード固いな。早く言えよ。もしかして……。俺の知ってる人なんか? 」


 宏彦は無言のまま、大西をじっと見据えた。

 そうだと頷けば、大西が羅列するであろう名前の中に、澄香が登場するのは時間の問題だ。

 こう見えて大西は、律儀で口も堅い。

 冷やかし半分でクラスの皆に風潮することもないだろう。


 宏彦は肩の力を抜き、ふうっと息を吐いた。

 ここまできて、黙っておく必要性ももうないだろう。

 これが潮時というものだ。

 澄香、悪いが、先に報告させてもらう。


 宏彦は、意を決して話し始めたのだが。


「大西。結婚相手のことだが、実は……」


 せっかくの宏彦の決意を打ち消すかのように、テーブルに載せている携帯が振動する。

 電話だ。大西にごめんと言って、再び店の外に出た。



『もしもし。加賀屋か? 』

「はい。橋田さん……ですよね? 」

『そうだ。俺だ。橋田だ。あのな、加賀屋。やっぱりあの噂、本当だったんだ。A物産、危ないらしい』

「えっ……」


 宏彦は思わず絶句する。


『今、亀岡にいる。休みのところすまないが、俺が大阪に着くまで、先に大阪支社に出向いてくれないか? 無理ならばそう言ってくれ』

「いや、大丈夫です」

『ホントにかまわないのか? 』

「すぐに大阪に向かいます。今ちょうど三宮なんで」

『そうか。助かるよ。大阪支社もA物産の堺店と取引があるんだ。じゃあ、よろしく』

「はい、わかりました」


 宏彦は大西に緊急の仕事が入ったことを告げ、コーヒーショップから慌てて飛び出した。 

 こうなるだろうことは橋田からすでに聞かされてはいた。

 長期休暇が明けたら必ずや対峙しなければならない問題が、少し早まっただけだと思えばいい。


 A物産は橋田の担当で、宏彦も一時期関わったことがある。

 もちろん断ることも出来るのだが、彼に頼まれれば、地球の裏側にいたとしても駆けつける覚悟は出来ていた。

 宏彦が業績を伸ばせず仕事に前向きになれなかった時、毎晩飲みに連れ出してくれて、話を聞いてくれたのは橋田だった。

 橋田のためならどんな協力も惜しまないと、宏彦は以前から腹をくくっていたのだ。

 大阪に一番早く着く手段を考えながら、駅に向かう。

 美容院の椅子で自由が利かないであろう澄香には、あらましをメール送信しておいた。

 すると間髪入れずに大西からメールが入る。



 かがちゃん、ご苦労さんです。

 もうちょっとでカノジョのこと

 教えてもらえたのにな。

 ホンマ、残念やわーー。

 まあ、仕事やったらしょうがない。

 がんばれ。心置きなく戦って来い!

 同窓会は俺にまかしとき。

 その代わり遅れてもええから

 仕事が終わったら絶対顔出してや。

 何時間でも待ってるで。

 話しの続きも、必ず聞かせてくれよな。

 カノジョにもちゃんと連絡しとけよ(ハート)



 文章の最後についている、取って付けたようなピンクのハートマークにおかしさが込み上げてくる。

 宏彦は大西や他のクラスメイトの驚く顔を見るためにも、少しでも早く仕事が片付くようにと祈りながら、東行きの電車に駆け込み、大阪に向かった。


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