11.高校二年生 その5
澄香は生まれて初めてのデートという晴れがましいイベントを終えても、気持ちが沈むばかりだった。
きっちりと断ったのだ。
「木戸君とは付き合えないの、本当にごめんなさい」と。
それでも木戸は怯まなかった。
「たまに一緒に買い物に行ったり、映画を見たりするだけでいいから。それがだめなら、図書館に行って、勉強するだけでも充分。恋人同士になろうなんて、そんなことはまだ考えていない」などと言って懇願するような目で訴えるのだ。
もちろん、そのどれもが澄香にとっては無理な話という位置づけであることに変わりない。
ならばせめて、メールのやり取りだけでも……と彼は食い下がる。
木戸の要望をすべて否定した自分が、まるで血も涙も無い非情な人間のように思えて、メール交換くらいならかまわないだろうと気を許してしまったのがそもそもの間違いだった。
家に帰り着くや否や、澄香の携帯に木戸からのメール着信が表示されたのは言うまでもない。
「今日は君と会えて楽しかった。明日の放課後は部活がないから、学校が終わったら一緒に帰ろう」という文面を見たとたん、澄香は木戸がまだ何もあきらめていない現実を思い知る。
澄香と木戸の関係は、数日後には学校中に知れわたることになり、ビッグカップル誕生と、あちこちで騒ぎ立てられるほどの反響を呼んだ。
もう後には引けないと思えるくらい、周囲が勝手に盛り上がっているのだ。
当の本人同士は一応約束どおり、いたって控えめな関係のままで、例の初デート以降は一度一緒に下校したきりで、二人で出かけることは全くなかった。
渦中の澄香といえば、誰かに訊かれるたびに、木戸とは付き合ってなんかいないと釈明するのだが、そのように否定すればするほど周囲はおもしろがる一方だった。
何も内緒にする必要なんかないのにと、付き合っていること前提でしか話してくれないのだ。
そんな状況に嫌気がさし、言い訳するのもバカバカしく思えるようになるのに、そう時間はかからなかった。
マキは、疲れてがっくりと肩を落とす澄香に、だから言わんこっちゃないと鼻息も荒く彼女を諌める。
このまま思わせぶりな態度を取り続けるのは、木戸に対しても失礼なことだと忠告してくれるのもマキだった。
「ねえ、マキ、聞いてよ。言ったんだよ、ちゃんと。木戸君とは付き合えないって。でも、友だちとしてたまに一緒に出かけるくらいならいいかなと思っただけ。ホントにそう思っただけだよ。一生懸命な木戸君を前にして、なんかあたしが、すっごく冷血人間に思えてきて、それで……」
澄香はマキに向かって、身振り手振りも交えて必死になって説明するのだが、マキは当然のように聞く耳を持たない。
「もう! ホントに澄香ってわかってないんだから。一緒に出かけるってことがそもそも付き合ってるってことで。それは澄香が木戸にOKを出したってことと一緒なの! わかった? 」
マキの力説が澄香を容赦なく直撃する。
「そ、そうなの? あたし、間違ってたのかな。木戸君と付き合ってると思われても仕方ないんだ。でも木戸君、言ったよ。恋人同士になれなくてもいいって……」
「だから、そうやって時々デートをして、僕を見て! って言ってんの。いつかは恋人同士になれるってそう思ってる」
「う、うそ! 」
「うそなわけないじゃん! ねえ、澄香。あんた、かがちゃんが好きなんでしょ? このままじゃあ、かがちゃん、澄香から離れていってしまうよ。いいの? 」
マキが澄香を覗き込むと同時に、心臓がドクンと大きく跳ねた。
それは、澄香が一番気になっていたことだったからだ。
マキに言われるまでもなく、宏彦に誤解されるのが彼女にとって、最大の気がかりだったのは澄香自身が一番よくわかっている。
けれど、澄香を取り巻くこの現実が何を意味するのかも、うすうす気付いていた。
木戸と宏彦は誰もが認める親友同士だ。
そしてその二人がお互いの恋愛について、何も知らないなんてことは、まず、あり得ない。
言い換えれば、木戸が澄香を思っていることは宏彦も知っているということになる。
そんな状況で木戸が澄香に告白したということは、つまり……。
宏彦にとって澄香はただのクラスメイトであり、昔馴染みの知人の一人としか位置づけられていないということに他ならない。
相変らず恋愛に疎い澄香だが、このカラクリに気付かないほど、世間知らずでもない。
木戸に告白された瞬間から、澄香の本能が宏彦をあきらめるよう働きかけていたのかもしれない。
今なら間に合う。すべて白紙に戻して、新しい道を模索せよと。
宏彦のことはあきらめて、好きだと言ってくれる木戸と付き合ったほうが幸せになれるよ、と……。
宏彦に愛されていないという真実は澄香の心に深く突き刺さっていた。