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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 2 同窓会はお手柔らかに
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6.杏露酒のソーダ割り その1

「いーけーさーかーー。遅いやん。もうとっくに始まってるねんで。みんなも待ってるし」

「大西……君」


 皆のどよめきが聞こえる戸口から、大西がぬっと顔を出し、のそのそと廊下に出て来た。

 高校時代の大西は、澄香より少し背が高い程度で、野球部員の中では華奢な方だった。

 顔立ちは皆が賞賛するほどの美形でアイドルのようでもあり、後輩からの人気は抜群だった、はずだ。

 ところが最近では、見るたびに横に大きくなっていく身体に、ひげで覆われた顔がまるで熊のようにすら見える。

 あの頃の面影はすっかりなりをひそめ、とても同級生とは思えないほどの貫禄たっぷりな会社員に生まれ変わった。


「なんや、のべ太と一緒に来たんか? 池坂って、あいつと仲良かったん? 」


 熊のような風貌とは程遠い気の抜けたような声で、そんなことを訊ねる。

 大西ときたら、いったい何を言い出すのやら。

 エレベーターの中で、つい今しがた野辺沢の名前を思い出したばかりなのに、仲がいいも悪いもない。


「そんなわけないよ。さっき偶然会っただけ。高校時代も、委員会で二三度話したことがあるだけだし。まさか野辺沢君だとは思いもしなかったんだもの。ホント、びっくりしたんだから」

「ホンマに? まあ、そう言うことにしておいてあげよう、池坂さん」


 突然、胸を張り、標準語風の語り口調になる大西が、意味ありげな笑みを浮かべ、澄香の肩をポンと叩いた。

 大西にすれば軽く叩いたつもりなのだろうが、その重みで澄香の左肩がずんと下がった。


「もうっ、大西君ったら、冗談はやめてよ。野辺沢君とは、ホントにさっき会ったばかりなんだから! 」


 澄香は鼻息も荒く、反撃に出る。

 宏彦のためにも、身の潔白を証明しなければ収まらない。


「わかったわかった。そんなムキにならんでもええがな。そやけどあいつ、ええ男になったと思わへん? 」

「うん、まあ……」


 澄香は大西の本心を探りながら、適当に相槌を打つ。

 

「先月やったかな。たまたま三宮であいつに()ーてん。俺かて初めは誰かわからへんかってんけどな。向こうから俺に声かけてくれて、そのまま飲みに行って。それでその後、メール攻撃で今日の約束取り付けたんや。ほら、聞こえるやろ? 」


 澄香は大西が顔を向けた方に耳を澄ませる。

 というか、そんな必要もないくらい、部屋の中から女子の黄色い声が聞こえてくる。

 野辺沢のありえないほどの変貌ぶりに、みんな大騒ぎなのだろう。


「あいつが来てくれたおかげで、間が持つし、ホンマよかったわ。大阪でIT関連の会社を友達と立ち上げたらしくて、ああ見えてあいつ、社長やねんて。CEOやで。将来有望株や。なあなあ、こんなとこで立っとらんと、はよ中に入りいな」


 社長? CEO? 自分と同級生の彼が、もうすでにそんな地位を築き上げていることに、ますます驚愕すると同時に素直に尊敬の念を抱く。

 クラスではあまり目立たない存在で、おたくっぽいイメージしかない野辺沢は、その手腕を大いに発揮して、それをビジネスにして成功したということなのだろう。

 いちクラスメイトとして、是非とも起業の理由と成功の秘訣なんぞを訊いてみたいものだと思う。



 同窓会の会場は和室の続き間になっていて、戸口のところで靴を脱ぎ、廊下に並んだ下駄箱に入れて中に入るしくみになっている。

 澄香は、大西ではなく、宏彦にこの場に出て来て欲しかった。

 ちょっぴり、がっかりだ。

 宏彦がもうすでに真実を語っていたとしたら、自分が中に入ったとたん、大騒ぎになるような気がして、足が一歩もたりとも前に出ない。


「ねえ、大西君。あの……」


 澄香は、大西が宏彦からカノジョのことを聞かされているのかどうか、判断しかねていた。

 今の様子だと、知っている可能性は五十パーセントくらいだろう。

 みんなもとっくに待ってるし、という大西の言葉の一部分だけをピックアップすれば、彼も含めて、クラスメイトもすでに知らされていて、澄香の到着を待っているということになる。

 ところが野辺沢と一緒に来たことを冷やかす大西の意地悪そうな表情を見れば、まだ何も知らないのではとも思えるのだ。

 ああ、いったいどっちなのだろう。

 澄香は、大西のひとつひとつの言動にアンテナを向け、彼の心情を読み取ろうと意識を集中した。


「どうしたん? 池坂、ちょっとおかしいで。なんか俺のことジロジロ見てへん? 俺って、そんなにええ男? 」

「あっ、いや、そうじゃなくて……って、ごめん、大西君」


 澄香が否定したとたんブスっとむくれる大西に、何と言い訳したものかと頭を痛める。


「俺で悪かったですね。どうせ池坂も、お出迎えがかがちゃんやなくて残念なんやろ? 他の女子と同じや。俺かて、その昔はちやほやされる事もあったのにな……」


 いきなり大西の口から宏彦の名前が出て来て、澄香はときめいた胸を隠すように数歩下がった。

 やっぱり大西は知っているのだろうか。


「あのな、池坂。あいつ、今ここにおらへんねん。あの幹事。ほんまに忙しい人やわ。おまけに女の幹事の花倉もおらへんし。いつも、池坂が花倉の手伝いしてるやろ? だから、今日も早めに来てくれるかと思って、期待して待っとってんけど。それやのに自分、来るの遅すぎるわ。なあ、助けてえな。俺一人でみんなの世話して、目が回りそうやで。あの二人が来るまでの間でええから、幹事代行手伝って」


 澄香は、ぽかんとして、手を合わせて懇願する大西を見ていた。

 大西は、宏彦がいないと言った。

 確かにそう言った。


 じゃあ、なぜ? 

 どうして宏彦がここにいないのだろう。

 澄香は納得がいかず、宏彦に確認の連絡を取ろうと携帯を探すためにバッグに手を入れる。

 そして、はたと思い出すのだ。

 携帯はマンションの下駄箱の上だったと。

 きっと無人の家の中で、宏彦からの緊急連絡が鳴り響いているに違いない。

 澄香はしょんぼりとうな垂れ、あきらめにも似た面持ちで大西の後について皆のいる部屋に入って行った。


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