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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 2 同窓会はお手柔らかに
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5.迷い道 その2

 澄香、忘れ物はないか? と宏彦が訊いてくれて、うんと自信満々に頷き一緒に部屋を出た。

 歩いて駅まで向かい、電車に飛び乗って、宏彦は大西と落ち合うためにそのまま三宮へ行き、澄香は美容院に寄るため実家に近いいつもの駅で降りた。

 その後、美容院でも一度も携帯を見ることはなかったはずだ。

 ということは……。

 携帯は、マンションの下駄箱の上に置いたまま、ということになる。


 こんなこともあろうかと、いつもバッグに入れているスケジュール帳に、宏彦はもちろん、主な友人たちの携帯番号を記している。

 澄香はあたりをきょろきょろと見回して、電話ボックスを探した。

 ところが今時、電話ボックスなどそんなに簡単に見つかるはずもなく。

 駅に戻ればあるのかもしれないが、そんなことをしたら、ますます集合時刻に遅れてしまう。


 澄香は、記憶している居酒屋の名前を何度か唱え、さっきのコンビニの店員に訊ねようと思いつく。

 そんな店、知りませんけど、と言われたらどうしよう。

 それに、何も買わずに店を出るわけにもいかないし……などと、あれこれシミュレーションしながら歩いていると、急に前が暗くなり、誰かが立ちふさがっているのがわかった。


「あれ? もしかして。池坂? 」


 澄香が顔を上げると、見知らぬ誰かが指をさしてそう言った。


「ひえっ? 」


 澄香は驚きのあまり、変な声を発する。

 この人、いったい、誰?


 少し長めの髪は明るめのブラウンで、左耳にだけシルバーのピアスが光って見える。

 いや、あの光沢はプラチナかもしれない。

 切れ長の目は意外にもどこかひとなつっこそうで、弟の信雅に似ているようでもあった。

 目の前のこの人は、どういうわけか澄香のことを知っている。

 その人は、笑顔のまま腕を組み、腰をかがめて覗き込んできた。


「同窓会に行くんだろ? もしかして、迷ってた? 残念ながら、君の行こうとしてた所は反対方向みたいだね。僕たちの目的地は、あっち」


 肩に降りてきた謎の人物の手によって、澄香は百八十度方向転換を強いられる。

 自分の置かれている状況がのみ込めないまま、背中を押されるようにして、東に進んで行った。

 交差点を渡り、北に百メートルほど行くと、お目当ての居酒屋の看板が目の前にどんと姿を現す。

 やっと着いたのだ。


 入り口付近のボードに、鬼クロ学級同窓会、代表加賀屋様と書かれていた。

 間違いない。

 澄香は、多分同級生だと思われる謎の人物と小さいエレベーターの中で向かい合い、記憶の糸を辿っていった。


「あっ! 」


 突然澄香が声を上げた。


「あっ? 」


 謎の人物も驚いたように訊き返す。


「ご、ごめんなさい。あたし、やっと思い出した。野辺沢君でしょ? 昔、みんなからのべ太って呼ばれてた……」

「あははは。やっぱり僕のこと、忘れてたんだ。そうだよ、のべ太だよ。思い出してもらえたみたいだね。光栄だな。同窓会には初めて出席するんだ。大西に何度もメールもらって、断りきれなくてさ」


 澄香は何度も瞬きをして、彼を見てみた。

 確かにこのソフトな物腰と、男性にしてはやや高めの声は間違いなくのべ太のものだ。

 でも、のべ太と呼ぶには、あまりにもさま変わりしすぎている。

 クラスメイトの誰もが気付かないのでは、と思えるくらい、野辺沢はいい男へと変貌を遂げていたのだ。


 エレベーターが開き、いらっしゃいませと、店員が笑顔で出迎えてくれる。

 澄香の少し先を歩く野辺沢が、くるりと突然振り向いた。


「ねえ、池坂」


 澄香は、はっとして立ち止まる。


「おっと! 君ときたら、こんなにもきれいになったっていうのに。おもいっきりびっくりするところなんて、ちっとも昔と変わんないんだね。そうだ、君も知ってるだろ? 今日のとびっきり企画」


 今日のとびっきり企画? 何も思い当たらない澄香は、あわててブンブンと首を横に振った。

 幹事である宏彦もマキも何も言ってなかったのにと、訝しげに首を傾げる。


「えっ、池坂、知らないの? 前の同窓会、君も欠席だったのかな? じゃあ、加賀屋のこと憶えてる? 」


 澄香は嫌な空気を感じながら、控え目にこくりと頷いた。

 憶えているも何も、澄香自身が近い将来その名前になるのだから、知らないわけがない。

 けれど、限りなく危険な香りがする。

 思い通りに髪をセットして、ハイになっていた自分が悔やまれる。


 そうだった。

 今日の同窓会は、宏彦の彼女のお披露目、それがメインだったではないか。


「あっ、憶えてるんだ。ちょっと嫉妬してしまいそう。それでね、あいつが彼女同伴でここに来てるらしいんだ。もし連れてこなけりゃ、今夜の会費はあいつ払いなんだって。なんか気の毒な気もするけどね。でもまあ、幸せなんだから、それくらい覚悟してもらってちょうどいいんじゃないかな。さあ、急ごう」


 そう言って、颯爽と歩いていく野辺沢の後で、澄香はまるで瞬間凍結した遠洋漁業の魚のようにカチカチに固まり、そこから一歩たりとも動けなくなってしまった。


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