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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 2 同窓会はお手柔らかに
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4.迷い道 その1

「あっ、あまり短く切らないようにお願いします! 」


 あてがわれたハサミの位置が少し高めにあるのを見て、澄香は思わず叫んでしまった。


「わかってるわよー。大丈夫、心配せんといてね。揃える程度にするから」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ここはもう、店長でもあるこのスタイリストさんを信じるしかない。


「ドライヤーの後、カーラーで巻いて、トップとバックに少しボリュームを出すといい感じになるのとちがうかな。今夜の同窓会は、きっとモテモテやわ……って、そんなことより澄香ちゃん。ホントにおめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 親子二代で世話になっている馴染みのヘアサロンでカット中の澄香は、鏡越しに満面の笑みを向ける店長を直視することが出来ず、決まり悪そうに膝の上に視線を落とした。

 結婚式で髪をアップにするなら、切らずに伸ばしておいた方がいいとマキにアドバイスを受けていた。

 長さをあまり変えないで、カットして欲しいと店長に伝えただけなのに、どういうわけか、結婚を言い当てられてしまったのだ。


「澄香ちゃんが子どもの頃からカットさせてもらっているんやもの、こんなにきれいになった澄香ちゃんを見れば、誰だってすぐに気付くわ。お肌の調子もいいし、とても幸せそうやね」


 などと乙女心をくすぐるような美辞麗句を並べつつも、ハサミを持つ手は休む間もなく、細かく動き続けている。


「お相手はどんな方なんやろね。出会いのきっかけは何? 」

「あの。高校の……あ、いや、中学、じゃなくて、その、同じ小学校の同級生、です」

「へえーー。そうなんや。えらいまた、コンパクトな出会いで。ずっと同じ学校? 」

「はい、そうです」

「ほんならこの近くの人なんやね。でもさ、遠くへ嫁ぐんやなくてよかったやん。お母さんも安心やね」

「ええ、まあ。でも、住むのは西宮に……」

「あら、そう。旦那さんの仕事の都合かな? でもまあ、いいやないの。西宮やったら近いし。ガーデンズもあるし、いいところやんね。関西では住みたい街としても人気やしね」


 店長は気さくに話しかけてくれる。

 けれど、その手は前後左右へとくまなく動き続けている。


 澄香がまとっている白いクロスにダークブラウンの短い髪が次から次へと滑り落ちてきた。

 柔らかく腰のない髪だが、量だけは誰にも負けない。

 すきバサミが入り、長めの髪がパラパラと舞い始めたと思ったら、瞬く間にカットが終了した。

 もう一度シャンプー台に上がり、丁寧に洗い流してもらう。

 そしてドライヤーでざっと乾かした後、大きな赤いカーラーを頭全体に巻きつけられた。


 鏡に映った自分の姿が、どこかで目にした誰かに似ているような気がしてならない。

 しばらく思案していたが、ふと思い当たる人物が頭をよぎった。母だ。

 自分では似ているとは思わないが、親戚からも宏彦からも、お母さんにそっくりだね、と言われる。

 ところが、そう言われるたびに、澄香はブルーな気持に追い詰められるのだ。

 決して母が嫌いなわけではない。

 それどころか、母のことは大好きだし、尊敬もしている。

 若い頃の写真もとてもかわいらしく写っている。

 親子だから似ていても不思議はないのだが、どうも周囲の人にそれを指摘されるのが、気恥ずかしいのだ。

 そろそろ意地を張るのはやめて、素直に認めた方がいいのかもしれない。

 母親から生まれたおかげで今の自分があるのだ。

 そして……。宏彦と出会えた。


 澄香は、ふっと口元を緩め、改めて鏡の中の自分をじっと見つめてみる。

 宏彦がとめどなく降らせる熱い口づけの雨を受け止めるのもこの顔だ。

 お世辞だとわかってはいても、きれいだと言ってくれたのもこの顔だ。

 母親から譲り受けたこの顔が、初めて愛しいと思った。



 夕方になっても五月の風は爽やかなままだった。

 ふんわりとカールした髪が首筋に柔らかく揺れ動く感触を楽しみながら、三宮の居酒屋に向かう。

 想像以上の仕上がりに、心がうきうきと弾む。

 宏彦はこの姿を見て、何と言ってくれるだろう。

 また、初めてデートしたあの夜のように、きれいだよと言ってくれるかな……。

 さまざまな場面を思い浮かべては、ひとりにんまりとほくそ笑んでしまう。

 昨日までは、気の進まない同窓会だったけど、今は浮き足立つ自分に澄香自身が一番驚いていた。

 

 大変だ。予定の時刻より、少し遅れてしまった。

 ブレスレットタイプの時計の針が、今ちょうど六時を指している。

 すでに到着しているだろう宏彦も、なかなか姿を見せない澄香に気をもんでいることだろう。


 確かこっちの方角だったはず。

 おぼろげな記憶をたどりながら、急ぎ足で同級生たちが待つ店に向かった。

 見慣れない路地をぐるりと回わり、次の角が会場の居酒屋に違いない、と思ったのも束の間、どうなってしまったのだろう、またもや同じコンビニの前に戻ってしまった。

 もしかしたら、同系列のコンビニで、別店舗なのかもしれない。

 澄香は期待しながら店内の様子を窺う。

 ひょろりと背の高い店員が、のたのたとレジを打っている。

 なんだ、さっき横目でチラッと見た店員と一緒じゃない。

 やっぱり、元の位置に戻ってしまったのだ。

 あの居酒屋はこのあたりだと思っていたのに、どうも澄香の記憶違いのようだった。


 このままだと、永久に皆のいる場所にたどり着けないではないか。

 それならば、宏彦に場所を聞いた方が早いのではと思い直し、シャッターの下りている店の前で立ち止まり、バッグにしまってある携帯を探した。

 定位置であるバッグの内ポケットに手を入れ、指先で探る。が……。


 ない。携帯が……ない。


 バッグを大きく開けて、中をよく見てみる。

 しかし携帯はどこにもなかった。


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