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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 2 同窓会はお手柔らかに
112/210

2.ピローな作戦会議 その1

「ねえ、ひこちゃん。明日、何時にお店に行けばいいの? 」


 澄香はベッドの上で膝を抱え、寝転んでいる宏彦に背を向けたまま訊ねた。


「六時だ」


 今回の同窓会は、大西の提案で急遽決まったもので、言わば定例外の集まりになる。

 前回からまだ半年も経っていないため、参加者への負担を軽くしようと、居酒屋の宴会スペースを借りることになった。

 予算もドリンク飲み放題込みで一人三千円。リーズナブルな設定だ。

 アルコール付きでこの価格。

 宏彦曰く、ビールが炭酸水で薄まっているかも、などと真顔でのたまうものだから、それを信じてしまった澄香は、そんなの嫌だーー! とマジで反対意見を述べるほどだった。

 けれど、ビールにうるさい大西が下見をしてオッケーを出した店だと知るや否や、ホッとする澄香だった。


 ゴールデンウィークの中盤という、いささか予定の立てにくい日程ということもあって、参加者は少なめに見積もっていたのに、次々と参加オッケーのメールが届き、いつの間にか前回と変わらない出席率になっていることに澄香はますます不安を募らせる。


「じゃあ、あとは、どうすれば……」


 昨夜は打ち合わせの途中で宏彦に唇を塞がれ、瞬く間に(ころも)をはぎ取られた澄香は、話どころの騒ぎではなくなったため、肝心なことが曖昧なままになっている。

 ふと夕べのいつになく熱い口づけを思い出し、頬が火照ってくるのを感じていた。

 迎え撃つ絶頂の波に声を上げてしまったことも記憶に新しい。

 宏彦に気付かれないように、赤くなっているだろう顔を自分の膝に埋め込むようにして隠した。


「そうだな……。まず幹事の俺が先に向こうに行って、澄香は六時ちょうどくらいに店に入る、こんなところかな」

「わかった。ひこちゃんが先に行くんだね。それから? 」

「それで、もし大西や他のやつらが、前のあの話を持ち出さなければ、知らぬフリを通す。そして、同窓会が終わり次第、俺らはバラバラに店を出る。そして、ここで落ち合う。どうだ? これでいいだろ? 」

「うん。了解。でもさ、大西君、あの話を忘れてるとは思えないけど」


 大西があのことを忘れるなんて、そんな都合のいい話があるとは思えない。

 だって、そのための臨時同窓会なのだから。


「まあな。でも、向こうが聞かなければ、それに越したことはない。何もこっちから、わざわざ結婚のことを言いふらす必要はないだろう? また別の機会に、大西や近しい仲間に知らせればいい」


 澄香の後ろから、はあーっと三度目のため息が聞こえる。

 澄香は身体はそのままで、首だけを後方の宏彦に向ける。

 目をつぶって眉間に皺を寄せている彼を視野に捉えたとたん、明日の同窓会に出席するのがたまらなく億劫になってきた。

 こんなことなら、いっそ行かない方がいいのかもしれないとさえ思ってしまう。


「ねえ、宏彦。明日は、ひこちゃんだけ行くってことにしたらダメ? だって、マキだって、仕事で遅くなるって言ってたし」

「俺だけ? 」


 突然ベッドの上に起き上がった宏彦が、いかにも不機嫌そうに訊き返す。


「うん……。そりゃあ、仲のよかったゆっこや、かっちゃんもいるけどさ。あの二人には、結婚のことはまだ言ってないし。きっとお互いに近況報告とかするだろうし、あたしだけずっと黙ってると嘘ついてるみたいで、なんだか悪いなって、そう思って……」

「じゃあ、その二人には前もって結婚のことを言っておけばいいだろ? えっと、島野と南だったよな。二人に、皆にはまだ言うなと口止めしておけば、協力してくれるんじゃないのか? 」

「それはそうだけど……」


 ゆっここと島野由布子はマキの友人で、かっちゃんこと南加津紗は澄香のテニス部の仲間だ。

 実はこの加津紗の存在が、澄香にとって大きなネックになっていたのだ。

 加津紗は、なんと高一の時から、宏彦のファンだった、という経緯がある。

 今も好きなのかどうかはわからないが、卒業式の後のどさくさで教室で宏彦と写真を撮った時、加津紗も彼に頼んでツーショットを撮っていた。

 その写真をずっと後生大事に携帯に保存していて、昨年のテニス部OG会でもそれを表示して、澄香の隣でなつかしそうに目を細めていた。


 前回の同窓会でも、最初に座った席が遠く離れていたにも関わらず、しきりに澄香の横にやって来ては愛想よく笑顔を浮かべていた加津紗は、宏彦が隣にいたから、そのような行動を取ったのではないかと勘ぐってしまうほどだった。

 加津紗は彼に告白はしていないはずだ。

 アイドルを応援するノリだと本人が笑いながら言っていたが、果たして本当にそうなのか。

 澄香が宏彦を好きだと自覚する以前から、彼にあこがれていた彼女を傷つけてしまうのではないかと思うと、軽々しく結婚のことなど口に出来ない。

 宏彦との関係を暴露される可能性が非常に高い今回の同窓会は、クラスメイトにただ結婚報告をして祝ってもらうと言った単純なものではないのは、すでに明らかだった。



 宏彦が突然ぐいぐいと澄香の部屋着の裾を引っ張った。


「なんで引っ張るのよ。これ、緩めに編んだニット製品だから、伸びてしまう。ねえ、やめてよ」


 そんな澄香の憤慨など全く気にしていないそぶりで、今度は腕を掴んで強引に自分のそばに引き寄せようとする。

 無理やり宏彦に倒された澄香は、ちょうど彼の胸の横に頭をつけるような格好になって、一緒にベッドに横たわっていた。

 呼吸に合わせて、彼の身体がゆっくりと上下するのが見えた。

 まだ話は終わっていない。

 なのに宏彦ときたら、また昨夜のように中断させる気なのだろうか。


「ひこちゃん、待って。あたしまだ、シャワーもしてないし……」


 こんなことを言えば、何だかこの先に起こりうることを期待しているように思われないかと、恥ずかしかった。

 けれど、シャワーを浴びていない自分に触れられるのは、もっと恥ずかしい。

 そして、昨日味わったばかりの例えようのない快楽のほとりに、再び足を踏み入れてみたいと思う自分に驚いてもいた。


「あ、それは大丈夫。何もしないから。だまって話を聞いて欲しい」


 恥をしのんで宏彦に伝えた言葉は、あっけなく打ち消される。

 急激に澄香の妄想もしぼんでいく。

 そして、予想外に紳士的な振る舞いに変貌した宏彦が、澄香の手を握り話し始めた。


「俺、今回の同窓会を最後に、誰かに幹事を代わってもらおうと思っているんだ」

「え? それって、どういうこと? 」


 突然の宣言にびっくりした澄香は、宏彦の真意を測りかねるような眼差しで、横になったまま隣の彼を見上げた。

 

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