1.夢の我が家
番外編2.同窓会編を開始しました。
いよいよ元クラスメイトたちに二人のことがばれちゃうのでしょうか?
お付き合いいただけると嬉しいです。
「うーん。どっちがいいかな。やっぱ、白の方が飽きないし、料理の色が映えると思うの」
「ああ」
「でも、なんだかんだ言ってもさ。この花柄のがかわいいかも。これ、定番なんだって。もし割れても、後で買い足すことができるんだよね……」
「うん」
「あーーん。迷っちゃう。あれ? ちょっと待って。ねえねえ、こっちもいいと思わない? 」
澄香はデパートの洋食器売り場で品定めをしていた。
薄いブルーの小花模様の食器の横に並んでいる大胆な配色の小皿が気になり始め、傷つけないよう、そっとそれを手に取った。
「これ、素敵じゃない? これにしよっかなあ。ねえねえ、宏彦。宏彦なら、どれがいい? 」
「俺か? うーん。そっちの花柄のでいいんじゃないか? 」
「じゃあ、この白いのは? 」
「別に、それでもいいけど」
「宏彦。またどうでもいいと思ってるでしょ? さっき、カーテンを選ぶ時もそうだったし、玄関マットだって、結局何でもいいって言ったし」
新居に必要なものをあれこれ選んでいた澄香は、宏彦があまりそういうことに乗り気でないのにとっくに気付いていた。
母の結婚の時は、新婦側で勝手に日用品を揃えて、嫁入り道具の一部として持って行ったらしいが、澄香は二人で使うものは二人で選びたかったのだ。
それなのに。宏彦ときたら、疲れ切った顔をして、すべてを澄香に任せようとする。
「じゃあ、これで今日は最後にするから。そんな顔しないで、ティーカップだけは、ひこちゃんに選んで欲しいの」
ずらっと並んだカップを前に、澄香は少し甘えるように宏彦の腕に自分の手を絡め、慣れない上目遣いで彼を見上げながら言った。
二人きりになった時に呼ぶようになった、ひこちゃんというニックネーム。
彼はあまり歓迎していないようだが、そのかわいい響きに、そして澄香だけに許されたその呼び名に、親しみを感じていた。
「まいったなあ。俺、ほんと、こういうの苦手なんだよ。一人暮らしの間も、実家に余ってたのを適当に持って行って使ってたから。澄香の方がセンスもいいし。俺が選んだりしたら、一生後悔するぞ? 」
「それでもいい。こうやって、二人で決めるのが大切なの。ほとんどあたしばっかり決めてるんだもん。このカップだけは、ひこちゃんに決めて欲しい」
澄香は譲らなかった。職場の先輩からも聞かされていた。すべて、最初が肝心なのだと。
結婚生活は、二人で築くもの。どちらかが一方的に働きかけるばかりでは、これから先の長い人生、うまくいくはずなどない。
「わかったよ。わかったから、そのひこちゃんはここでは辞めてくれ」
声のトーンを落とした宏彦が澄香の耳元で懇願する。
「うーん、難しいな。どれがいいかな? じゃあ、これ。イギリスでも有名なメーカーのやつだな。少し値は張るけど、一生使えるし。澄香はどう? だめか? 」
宏彦は遠慮がちに澄香を見た。
「実は、あたしも……。それがいいって思ってたの。ひこちゃん、じゃなくて、宏彦、これに決めちゃおうね。繊細な緻密画がアクセントになってて、とってもかわいい。大切に使おうね」
店員にそのカップを指し示して、包んでもらう。
ご結婚の準備ですかと訊ねられ、澄香は、はにかみながらこくりと頷いた。
すかさずお揃いのケーキ皿もありますよと言われ、二つ返事でそれも併せて買ってしまった。
計画性がないと思われそうだが、宏彦とて同罪だ。
澄香の暴走を止めるどころか、お揃いのコーヒーカップも買わなくていいのかと念を押されたくらいなのだから。
予算がかなりオーバーしてしまったことは、この際目をつぶるとしよう。
二人の新居は、西宮に決まった。
三月に急遽転勤することになった家族が住んでいた分譲マンションに、タイミングよく賃貸で入居できることになったのだ。
澄香は会社への通勤時間は今までとほとんど変わらない。
バス便がない分、時間帯によっては、実家よりも早く会社に着く。
ところが宏彦はそうはいかない。
通勤快速が走る時間帯でも、一時間以上かかってしまう。
それでも、東京に住む大学時代の友人達の通勤時間に比べればましな方だと言って、西宮住まいを快諾してくれた。
ゴールデンウィークに入り、まとまった休みを消化中の澄香と宏彦は、ただいま、新居の品揃えに奔走中だ。
宏彦は四月の中旬から、すでに新居での生活をスタートさせていた。
家具もほとんどないガランとした3LDKのマンションに、一人で住んでいる。
澄香はすぐにでも彼と一緒に暮したかったのだが、結婚式もまだなのに同居とは何事だと父親の猛反対に遭い、いまだ実現していない。
幸い、ゴールデンウィーク中も仕事がぎっしり詰まっている父親のところに母親が出向いているため、誰に遠慮することなく、昨夜から新居に泊り込むことが出来た。
最近母親は澄香の外泊を大目に見てくれているので、アリバイ工作が不要になったのは、進歩と言えるかもしれない。
ただし結婚式の予定が大きく崩れることだけはないようにね、と遠回しにではあるが、妊娠に対する注意はことあるごとに受けている。
それに関しては澄香も宏彦も素直に同意している。
三宮で夕食を済ませ、西宮のマンションに帰って来たのは夜の八時ごろ。
先週納車されたばかりの宏彦所有の車から、玄関マットと食器の包みを降ろし、七階の我が家に運び込む。
カーテンはオーダーメイドのため仕上がりが来週になるので、持ち帰ることは出来なかった。
こうやって新しい生活の準備が着々と進んでいくことが、澄香にとって新鮮で、楽しくもあったのだ。
クローゼットに置いてある部屋着に着替えて、我が家唯一の大型家具であるダブルベッドにダイビングする。
それを見てあきれたような顔をした宏彦が上着を脱ぎ、Tシャツ姿になって澄香の寝ている横にどさっと腰を下ろした。
「連日の買い物で、目が回りそうだよ。これなら仕事の方が楽かもしれない」
澄香に比べて、かなり低いテンションの宏彦が、天井を見上げて大くため息をひとつ吐く。
「それに……。いつまでそんな子どもじみたことやってるんだよ」
ベッドの上でバタ足をしてはしゃいでいる澄香に覆いかぶさるようにして、宏彦が身体を密着させてくる。
「や、やだーー。苦しいよ。宏彦、どいて」
マットレスに顔をうずめるようにして、もごもごと澄香が苦情を申し立てる。
「そろそろ、買い物の見返りをもらわなくちゃな」
そう言って、宏彦がますます澄香を押さえつけ、見え隠れする彼女の白い頬に唇を寄せてくる。
「……んもう! やめてよ」
澄香は隙をついてくるりと身体を反転させて起き上がり、宏彦の悪ふざけをたしなめるように睨みつけた。
「それより、あのことを決めなくちゃ。だって明日は、同窓会なんだよ」
「あ───」
宏彦は二つ目の長いため息を吐き、ベッドの上に大の字になって寝転んだ。