59.衝撃 ─花倉真紀の場合─
今回は、番外編第4章46話直後の澄香の親友、花倉真紀視点になります。
マキ、久しぶり。
あのね、お願いがあるんだけど。
今夜はマキと会う約束をしてるって
ことにして欲しいの。
そのことで加賀屋君から連絡があったら
話を合わせてくれると助かる。
変なことを頼んでごめんね。
詳しいことは、また改めて。
澄香
なんとか本日の夕食にありつけた花倉真紀は、急いでホテル内の事務所に戻ってきたばかりだった。
昨年は先輩のプランナーについて補助的な役割を与えられることが多かったが、今では一人で全てを任されることも多くなった。
式が終わった後、カップルや彼らの親族から感謝の気持を伝えられた時、この仕事を選んでよかったと、心からそう思う。
真紀にとってウェディング全般にかかわるこの仕事が、自分にとって天職のようにすら思い始めていた。
ただし、やりがいを感じる分、仕事内容はかなりハードだ。
カフェやレストランで優雅な食事ができる時間など到底ありはしない。
事務所近くの讃岐うどんのチェーン店で、いつもの釜玉うどんを食べることが出来ただけでも、ラッキーだと思うしかない。
従業員専用の化粧室の大きな鏡を覗き込み、歯にネギの緑片が貼り付いていないか確かめる。
好きなだけトッピングしてもいい刻みネギと天かすは、お言葉に甘えて遠慮なくというのが、真紀のポリシーだ。
ホワイトニング効果が持続中の白い歯には、幸い何も異物の存在はない。
よし。オッケーと自分自身を奮い立たせるように声に出し、この後いつ終わるともしれない仕事に取り掛かる前に、仕事モードに気持を入れ替える。
この後もまだ一件、打ち合わせが入っている。
事務所の電話か真紀の携帯に、この春めでたくもゴールインするカップルの男性の方から連絡が入る予定だ。
オークル系の落ち着いた色味の口紅をすっと引き終わったと同時に、メールの着信を知らせるメロディーが鳴った。
打ち合わせの相手だろうか?
真紀は半信半疑のまま携帯をのぞき、メールの送信者を見て驚く。
澄香だ。
澄香は、高校一年の時に仲良くなった友人だ。
三年間同じクラスだったおかげで、お互いの気性も知り尽くし、大きな喧嘩をすることもなく、今に至る。
彼女はとても生真面目な性格で、箱入り娘という昔風の言葉がぴったりな女の子だった。
だからと言って、面白みが欠けているとか、場の空気が読めないタイプではない。
今時珍しく人情深いところがあり、幹事でもないのに同窓会の手伝いも率先してやってくれたりもするいいやつだ。
本人はどこまで気付いているのか定かではないが、容姿も性格も極上の類に入る彼女を密かに狙っている輩も多かった。
同窓会のたびに機会を窺っているクラスメイトが今尚後を絶たないというのに、至ってのん気な当人は、まるで気付く気配がない。
彼女がクラスメイトのイケメン男子、加賀屋宏彦に恋をしているのも知っていたが、どこか煮え切らない二人は、全く付き合う様子もなく、とっくにそんな話は消滅したと思っていた。
なのに、突然のこのメール。
加賀屋から連絡があれば話を合わせろなどと、何やら意味深なことを言っている。
あの二人がたまにメールのやり取りをしていることは、澄香から聞いている。
ならば、今ごろになって、何か進展があったとでも言うのだろうか?
付き合っているとでも?
真紀は半信半疑のまま携帯の文を繰り返し読み、もやもやした気持のまま事務所に入った。
するとまた、携帯が鳴る。
就業時間はとっくに過ぎているので、私用電話も咎められる心配はない。
真紀は何か予感めいたものを感じながら再び携帯を見て、送信者の名前に、あっと驚きの声を出した。
「はい、もしもし、花倉です」
『ああ、花倉か? 加賀屋だ。久しぶり。元気か? 』
「かがちゃん? 本当にかがちゃんなんだ」
澄香のメールを見たばかりのこのタイミングでかかってきた加賀屋からの電話に、心臓が止まりそうになった。
決して彼に対してときめいたわけではないが、まだ事態が呑み込めていない真紀にとって、その電話は、あまりにも衝撃的すぎた……ということだ。
『ああ、俺だ』
「あははっ。そうだよね。かがちゃんに間違いないよね。あたしは元気だよ。どうしたの? 何か用? 」
真紀は冷静さを取り戻しつつ、加賀屋の出方を窺う。
『いや、あの……。澄香……いや、池坂と今夜会うんだろ? 』
「う、うん。まあね。それで? 何か? 」
『今夜帰る時間が決まったら、俺に連絡するよう、彼女に言ってくれないか』
「えっ? そうなの? わ、わかった。ちゃんと言っとく」
『じゃあ、頼む。悪いな』
「あの……。これって、つまり、その……」
真紀はのどから手が出るほど、事の真相が知りたかった。
だが、この後澄香と会う予定になっているのに、加賀屋から根掘り葉掘り訊き出すのはまずいのではないかと、しぶしぶ考えを改める。
「あっ、何でもない。気にしないで。そろそろあたしも待ち合わせ場所に向かわなくっちゃ。じゃあね、バイバーーイ! 」
そこまで出かかった言葉を慌てて引っ込めて電話を終了させる。
これで完璧、かな? きっと完璧だ。うん。
澄香から百点満点をもらえるのではないかと、胸を張ってみる。
でも真紀は電話を切ったとたん、もう後悔し始めていた。
やっぱり気になるのだ。
あの加賀屋が、即座に池坂と言い直したものの、まるで恋人のように澄香と呼び捨てにしていたではないか。
これは怪しい。どう考えても怪しすぎる。
真紀の知らないところで何かが起こっているのは、もう間違いない。
真紀はこの後、客から打ち合わせの連絡が入るのを知りながらも、湧き上がる好奇心を抑えられない。
これは、あの天然娘、澄香の一大事ではないのか?
真紀は大急ぎで携帯画面に澄香の番号を表示させ、通話ボタンを押す。
そして彼女の携帯に繋がるのを待たずして叫んでいた。
「もしもーーし。もしもし、澄香? ねえねえ、どいうことなの? さっきのは、いったいナニ?」
そして、番外編第4章47話、もうひとつの道に続きます。