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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
11/210

10.高校二年生 その4

 そんな時に限って、めったにない一大事が続けて起こる物である。

 ゴールデンウィークを前にした金曜日の放課後、澄香はマキを伴って学食裏手のフェンスにもたれ、顔を寄せてひそひそと話をしていた。


「ねえねえ、どうすんの? 澄香がはっきりしないと、このままだと向こうに流されちゃうよ。これは絶対、告られるって……」

「そ、そうかな? でもそんなのわかんないよ? ただ、話があるだけかも……しれないし」

「ほんと、澄香ったらド天然だから困っちゃうよ。あんなくそ真面目なヤツが、ただ話があるだけで澄香を呼び出すわけないでしょ。木戸は真剣だよ」


 木戸翔紀。野球部で宏彦とバッテリーを組んでいて、次期キャプテンとの噂も高い人望のあるこの人物は、皮肉なことに宏彦の親友でもある。

 一年のとき澄香と同じクラスだったこともあり、少しは知っている間柄ではあるが、特別仲が良かったというわけではない。

 ただの旧クラスメイトと思っていた木戸からの呼び出しに不安になった澄香は、マキにギリギリまですがり付いているという情けないありさまだった。


「さあ、時間だよ。行っておいで。あたしはここまでだからさ……」


 マキに背中を押され、指定された自動販売機の横のベンチに重い足取りで向かった。

 マキの言ったことが現実にならないようにと祈りながら。


「あっ、池坂。おーい! こっちだよ! 」


 先にベンチに座っていた木戸は、澄香と目が合うや否や立ち上がり、頬を紅潮させてこっちこっちと手招きする。

 やはり彼はいた。手には缶ジュースが二種類握られ、澄香の前に差し出される。


「池坂。約束どおり来てくれて、ありがとう。あの……。これ、どっちにする? 」

「あ、ありがと。じゃ、じゃあ、レモンで」


 木戸からレモンジュースを受け取った澄香は、彼との間を少し空けてベンチに座り、それを一口飲む。

 炭酸の入っていないそのジュースは本来もっと甘いはずなのに何も味がしない。

 そしてもう一口。また一口。

 一瞬喉を潤してくれるが、すぐに渇きを覚える。

 その間、木戸は何も言わない。

 この先いったいどうなるのだろうと不安しかなかった。


 澄香は木戸の気持を探るように、ちらちらと彼を盗み見た。

 視線の先のその男は、さっきよりも一層顔を赤くしながら、ただひたすらオレンジジュースをごくごくと飲んでいた。

 澄香はさらに一口飲んだところで、すでにこの状況に耐えられなくなり、思わず自分から訊ねていた。


「ねえ、木戸君。今日は、その、何の用かな? 」


 肩をびくっと震わせて澄香を見た木戸は、頭を掻きながら恥ずかしそうに話し始めた。


「急に呼び出したりしてゴメン。あの……。実は、俺、一年の時から池坂のこと、ずっと気になってて、それで……」

「え? あ、ああ……。そうなんだ。気になってたんだ。それで、な、何? 」


 木戸の緊張感が澄香にも伝染したのだろうか。

 しどろもどろになり、何を訊ねているのか自分でもわからなくなって、頭が真っ白になる。


「それで、その……。俺と、付き合って欲しいんだ。いいかな? 」

「は? 付き合うの? 誰と誰が? 」


 完全に舞い上がって気が動転してしまった澄香は、木戸の言っていることが全く理解できなくなっていた。

 日本語で会話しているはずなのに、それはまるで宇宙の言語のように聞こえて、たちまち解読不能に陥ってしまう。


「誰と誰がって、それは、俺と池坂が付き合うんだけど。俺が付き合いたいのは、君なんだけどな……」


 木戸のまっすぐな瞳が、澄香を射抜くように捉える。

 澄香は驚きのあまり座っている位置をじりじりと端にずらしながら、無意識に木戸との距離を広げていった。

 今、彼の口から発せられた言葉をそのまま宇宙に投げ返したい気持ちだった。


「そ、そうなの? ってことは、あたし……。どうすればいいんだろう。木戸君、ごめんね。あたし、何だかよくわからなくて……」

「えっ? どうして俺の言ったこと、理解できないの? だから、俺と付き合ってって言ってるんだけど。俺じゃ、だめ? 」

「あの、それは、その……」


 澄香は、このあと自分がどんな返事をしたのか、何も憶えていなかった。

 気がつけば、次の連休の一日は、デートの約束をしてしまっていた。

 それだけは、なんとなく理解できたのだが……。


 その日の夜、好きでもない相手とデートの約束までしてしまったことを、マキに散々叱られた澄香は、とりあえず一回だけ木戸とその日を過ごし、好きな人がいるので付き合えないと、はっきりと言うことに決めた。

 澄香が好きな人は宏彦。

 自分の気持ちに嘘をついてまで、誰かと付き合おうとは思っていない。

 本当なら、呼び出されたその時に、はっきりと意思表示をするべきだったのだ。


 宏彦に心を奪われ浮き足立っていた澄香に、するするといつの間にか別の男の影がにじり寄る。

 告白された相手が宏彦ならば、どれだけよかったか。

 澄香は思うようにならない人生に胸を痛める。


「加賀屋君、待って! どこにも行かないで! あたしは、木戸君のこと、好きでもなんでもないの。だから信じて! 待ってよ、お願い、待ってーーーっ! 」


 次第に遠くに離れて行く宏彦の残像を、必死になって追いかけすがりつく夢を繰り返し見て、澄香はいつしか枕を涙でぬらしていた。


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