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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-4 青春酸歌
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49.信じあうこと その1

「一緒に……島根に? 」


 澄香はもう一度確認するように、福永に訊ね返した。

 何か大変なことが起ころうとしているのではないかと不安がよぎり、身震いする。


「そうだ。一度池坂に、俺の生まれ育ったところを見て欲しいと思ってるんだ。ほかにも、まあ、いろいろと……」

「で、でも……」

「なーに。遠慮することなんて、何もないさ。部屋なら余るほどあるぞ。なんてったって、うちは旅館だから。はははは! 」


 福永はこんなに笑う人だっただろうか? 

 昔から決して暗い人ではなかったが、これほど立て続けに笑い声を聞いたのは、初めてではないかと思うくらい、今日の彼は陽気だった。

 それもあろうことか、澄香が不幸のどん底にいるというのに、おかまいなしに明るく笑い飛ばしてみせるものだから、始末に終えない。


 もしかしたら、今こそチャンスだとばかりに、澄香に再アタックを開始したのかとも思えるほど、福永は機嫌が良かった。

 島根に一緒に帰ろうというのは、多分そういうことなのだろう。

 このまま何もかも忘れ去って、福永にすべてを委ねてしまえば、幸せになれるとでもいうのだろうか。

 そうすれば宏彦と過ごしたこの二週間も、楽しかった思い出だけを記憶に留めておけるとでも?


 澄香は身体ごと福永の方に向いて、彼の横顔をじっと見た。

 この人と一緒に島根に行けば、また違った人生が待っているのかもしれない、などと悲劇の主人公さながらに思いをあらぬ方向に馳せてみる……。


 澄香の視線に気付いた福永が顔を上げ、笑顔を浮かべる。

 でもそれは、見間違いかもしれないと思えるほど、ほんの一瞬の出来事だった。

 福永は突然立ち上がって澄香と反対の方を向き、コーヒーショップの入り口あたりに目をやる。

 そして手を挙げ、こっちこっちと見知らぬ誰かをこちらに招き寄せるのだ。彼の笑顔の本当の意味が、ここでやっと明らかになる。


 長い髪を無造作にひとつに束ねたその人は、福永君、いったいどうしたの? と目を細め、口元をほころばせながら、福永の横に駆け寄ってきた。


「急に呼び出してごめん。いやね、桔梗(ききょう)さん。ここにどうしても放っておけない、かわいい後輩がいるんだよ」


 澄香は今目の前で何が起こっているのかさっぱり理解できないまま、福永が桔梗さんと呼ぶその女性と目を合わせ、ぎこちなくあいさつを交わした。


「こんばんは。は、はじめまして……」

「あら、こんばんは。かわいい方ね。福永君、この人は? 」


 デニムにベージュのシャツを合わせただけのシンプルないでたちの桔梗と言う人が、福永の腕に自分の手を添えて、控えめに訊ねる。


「前にも言ったことがあるだろ? 俺が初めてプロポーズした、大学の後輩だよ。池坂澄香。みごとに振られたけどな」

「そう言えば、そんなこと言ってたわね。池坂さん。はじめまして。私、東原桔梗といいます」


 膝の上にジャケットを抱え込むようにして福永の隣に座った桔梗が、少し身を乗り出し、横に並ぶ澄香に微笑みかける。


「あ、あの。どうぞよろしくお願いします……。先輩には、その、昔、いろいろお世話になって……」


 澄香は自分がとるべき態度がどうあるべきなのか決められないまま、女性二人にはさまれた格好になっている福永に助けを請うように、視線を投げかけた。


「池坂。びっくりさせてごめん。ちょうどいい機会だと思うので、桔梗さんをここに呼んだんだ。まあ、おまえに紹介したかったというのもあるが、女同士の方が話しやすいこともあるだろ? きっと、俺よりもいい答えを出してくれるぞ」


 少し頬を紅潮させながら福永がそう言った。

 澄香は何が何だか、ますますわけがわからなくなっていた。

 まず福永が、どうしてこの人を澄香に紹介しようと思ったのか。それが一番の謎だ。


 でも、二人をよく見てみると、そこにはただならぬ空気が漂っているようにも思える。

 福永の腕にそっと添えられた桔梗の手。

 そして、見つめ合った時に垣間見える二人の熱いまなざし。


 ということは、もしかして……。この二人は。

 澄香は、恐る恐る福永に訊ねてみた。

 桔梗さんと先輩は、どういったご関係で……と。


「あはは。そうだよな。何の説明もなく突然やって来て、この人、いったい誰だよって、フツーそう思うよな。あのな、この人は……。俺の奥さん」

「えっ? 」


 澄香は福永の顔をまじまじと見た。

 確かに、今、奥さんと言ったような気がしたが……。

 聞き間違いだと思う。

 不幸のどん底を味わった直後は、五感が鈍っているのだ。

 だって、奥さんとは配偶者のことだ。

 そんなはず、あるわけ……ない。

 その証拠に、たった今先輩は、澄香を島根に同行させようとしたではないか。


「……っていうか、奥さんになる予定の人。京都に来て知り合って、今は一緒に住んでる。明日島根に帰って、式だけ挙げてくる予定なんだ。びっくりしただろ? いや、俺が一番びっくりしてるんだけどな。まさかこの人が俺と結婚してくれるなんて……。まさに奇跡だろ? 」

「せ、先輩……」


 澄香は、開いた口が塞がらなかった。

 今福永が言ったことを反芻してみる。

 奥さんになる予定の人と、確かにそう言った。

 明日島根に帰って式を挙げるとも。

 そしてそれは奇跡だとも……。


 つまり、この桔梗という人は、福永の彼女で、婚約者ということだ。

 澄香は福永と桔梗を交互に見て、驚きのあまり、瞬きを繰り返すことしか出来ない。


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