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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 15 消滅

 同情的な視線を、まともに受け止める。本来なら悔しがるところなのだろうが、そういった思いはさほど湧いてはこなかった。オレと同じくその姿は、相当痛めつけられた(さま)をまざまざと見せつけていたからだった。


「我が物顔で好き勝手やってるあいつらのことが、心底嫌いなの」


 なるほど。だからあの行動だったわけだ。しかし口を開くのも億劫になっていたオレは、黙ってシャクラを見上げていた。どうせ放っておいても、勝手に喋ると踏んだからだった。


「一泡吹かせたいと思わない?」


 そらきた。勿体つけるように振る舞ってはいるものの、その思惑は見事に背中まで透けていた。つまるところオレを上手いこと働かせたいわけだ。


「時間がないから手短に済ますわよ。あの光る球は『神鎚(しんつい)』って言うの。アレの恐ろしいところはね、使徒の器を通じてその本体にまで影響を及ぼすの。打ちどころが悪ければ、神といえど消滅よ。そして、逃げても無駄。どこまでも追ってくるわ。ニースを助けたければアレをどうにかすることね。って、そう睨まなくてもいいじゃない」


 別に睨んではいない。奴がおどけているだけだ。先のことを見据えての言動か、ただただ楽しんでいるだけなのか。オレは暫く口を噤むと決め込んでいたのだが、にも拘わらず不本意ながら口をついてしまう。皮肉や冗談の類にだんまりを貫くのは、どうも性分に合わなかったようだった。


「オレは気性のさっぱりした男だと専らの評判なんだが、それでもあんだけズタボロにされたんだ。睨むくらいは許してくれ」

「ふふふ。思ったより元気そうね。安心したわ。あなたはなぜだか深層に手を伸ばすことが出来る。それは分かっているわよね?」


 オレはまたも黙り、そしてじっと視線を向けた。ヤツの二つの紅瞳もオレに固定されている。瞬きすら許さない、そして許してくれそうにない厳しい瞳だった。沈黙を肯定と捉えたのだろう、ヤツは一息ついた後再度話を続けた。


「あなたは多分、六層までは届いていたはずなの。普通の使徒相手なら通常五層までしか届かないから、それでも充分だったのだけれども『神鎚』は八層まで到達しているはずよ。だからあなたは最低でも八層、欲を言えば九層まで手を伸ばしてほしいの。それも分かるわよね」


 分からん。言っていることは何となく理解していた。だが、八層、九層に到達する方法ってのがさっぱりだった。それ以前に、根本的な問題があると思われた。


「アレを止めてどうするんだ? 正直、それだけじゃあ状況は変わらんと思うんだがなぁ」

「ビックリするわよ、きっと」


 シャクラはしゃがみ込み、顔をオレに近づけた。ぼやけた視界をニヤけた面が占める。こんな状況でも悪寒は走るものなんだと、そう感心しながら嫌悪したオレは、厭味の一つでも吐き捨てようと口を開こうとした。が、シャクラが人差し指をオレの唇にあてがい制する。ビックリしたのはオレの方だ。だがシャクラは気に留める様子なく、オレの代わりに口を開いた。


「見てご覧なさい。ただでさえあの人達はあなたのことで動揺しているわ」

「アンタの顔が近すぎて、それしか見えんよ」

「いいじゃないの、それくらい。とにかく、ビックリして隙が生まれるでしょうね。そこを突くの。今、私は主神のせいで『楽園』を通過できないわ。だからこの器が最後の器。死んでしまったら、もうここには戻れない。あなたの可愛い顔も見納めなのよ」


 と、残念そうに首を振る。


「そしてそれは、ニースもカイムも同じことなの。だから優先して叩くべきは、楽園を支配しているあの大きな赤ん坊ってわけ。あなたが神鎚を止めたら、私はすかさず主神を討つわ。それで神鎚が消え楽園も開放される。それでも五分には程遠いでしょうけどね」

「どうすればその八層だか九層だかに手が届くんだ?」

「私が分かるわけないじゃない」


 何とも無責任でとらえどころのない話だ。最後にシャクラはオレよりも低く渋い声で「好きよ」と言い放つと、片目だけを瞑りながら、オレの唇に添えていた人差し指を意味深げに自分の唇に充てた。嫌がらせにもほどがある。そして立ち上がり、今度はニースを見下ろした。


「素敵なカレシね。羨ましいわ」


 そして、女口調の男は上空高く見上げ飛び去った。


【信用するのですか?】

「信用しようがしまいが、アレは止めなければならんだろ。とりあえず、やるこたあ(おんな)じだ」


 シャクラが遠ざかった頃合で、クテシフォンの声がした。オレの口は思うようには動かず、まるで喃語のように聞き取りにくかったと思うのだが、それでもクテシフォンには言葉を介さない心話で難なく通じたようだった。


【鼻の下、伸ばし過ぎなのです。ドヘンタイ】


 だが、伸びてはいない確信があった。オレは下らんとばかりにふんっと鼻を一つ鳴らす。五体満足なら肩を竦めていたことだろうが、その行為が伴う痛みと等価とは到底思えない。オレは素直に諦め、クテシフォンに問うことにした。


「八層、九層に干渉しろだと。どうすればいいか分かるか?」

【分かるわけがないのです】

【分がねじゃよ】

「とても参考になった。ありがとうよ」


 オレが吐出した皮肉に対する屈辱感と、そしてその後に奇妙な緊張感が二剣から伝わる。


【言いにくいことなのですが、忠告するのです。人間の出る幕じゃないのです。ニースとワタシを置いて立ち去るのです】

【わも置いてってけろじゃ】


 二振の剣が訴えた。決して後ろには向いていない固い決意だ。だがその自己犠牲なんて反吐が出そうなモノを伴ったかくも美しい覚悟を、オレは断じて認めるつもりはなかった。

 逃げる以外にどうすればいいのか。とにかくオレは空中にひたすら波紋を撒いた。だが焼けた石に一滴の雫を落とすかのごとく、無情にも光球に消し去られた。まだ駄目だ。もっと潜れ。広く、そして深く見渡せ。自分に言い聞かせる。だが血が足りていないのだろう、脳が活性化するほどに意識が遠のく。鈍器で叩かれたように、鼓動に合わせ頭がガンガンと痛み出した。


【しっかりするのです】

【そいだば、なんちゃもなんねぇびょん】


 邪魔な声が聞こえる。集中させてくれ。そしてもっと邪魔なアレをどうにかしてやる。くそ、くそ、くそ…………。

 眩しかったはずの光球が、いつしか暗くなっていた。目も暗くなったか? とも思ったがどうも違う。見える景色が変容していた。オレは今までよりも更に深いところに目線を置いていたらしかった。だが、オレはなんとなく気付いていた。まだ足りないと。

 遠くではシャクラの命の灯が消えかかっていた。口ほどにもない。万策尽きたか、そう思いながらも引くことはできず苦痛に抗い集中を高める。と、歪んだ景色の片隅で、ニースの指先がぴくりと動いたのを感じた。


── あなたはどのようなものにも負けません。決して


 朧気に滲んだ世界を漂うなか、唐突に鮮明にニースの声が響いた。ニースが語りかけてきたのか、それともオレの記憶の残滓か。どうでもいい、とにかくオレの体は歪んでいる。そう言われたことを思い出した。

 オレはその『歪み』ってやつを意識した。途端に体がバラバラになりそうな感覚に襲われる。耐えろ。繋ぎ止めろ。そしてもっと歪みやがれ。

 だが光球は波紋をものともせず、ニースに近づく。間に合わない。そう感じた瞬間、オレは自分の背中に波紋を展開させていた。そして反発する力を載せる。勢い良くオレの体が中に投げ出された。そしてニースの真上で新た展開した波紋で受け止める。体が軋み激痛が全身を隈なく走る。だが、もうそんなことはどうでも良かった。

 確信はない。だがオレは、これしか無いと思ってしまった。


()めるのです! 愚か者!】


 オレの両手から離れ地面に堕ちゆく二振の剣から、焦燥、後悔、憂慮、憤怒…………そして愛情。幾つもの感情が混濁されて一気にオレの心に流れこんできた。


「聖剣様よ。魔剣様よ。なあ、反吐が出そうな気分だろ? 盛大に吐きやがれ。アンタらのゲロはどっから溢れるんだろうな。見てみたかったよ」


 オレはたどたどしく口を動かした。ニースを護れ、と心で訴えながら。二剣に伝わっただろうか。

 そして光球めがけ、再び体を弾き飛ばした。光球に達した時、ちょうどニースの姿が目に入ってくる。

 彼女は、既に目覚めていた。真っ赤な染料が撒き散らかされたかのような血溜まりの中心で、上体を起こし右手をオレに掲げていた。訴えかけるような視線。笑顔は消えている。

 オレの体はもう言うことを聞いてくれない。口もきけない。なんて気分だ、クソみたいだ。オレの心は絶えずニースに訴えかけていた。すまない、すまない、すまない……と。だがいくらそう思ったところで、全然足りてはいなかった。

 独りよがりの謝罪をしたオレを、まばゆい光が包み込み、その光が皮膚から侵食してくる。痛みはない。苦痛もない。視覚も聴覚も全ての感覚が、その光に飲み込まれるかのようにかき消され、記憶や意識までもが薄らいでゆく。感情までもが溶けるように曖昧になってゆく……。

 ニースだけが視界に残った。他には何もない。綺麗だった。本当に。

 オレは多分、アンタに救われた。丁度いい命の使い道だ。だから泣くな。と微笑みかけた。はたして笑顔になっていただろうか。


 そのまま、オレは……………………消滅した。


 王妃を救うお伽噺の英雄なんてのは、どうやら過ぎた役回りだったようだった。

 少し残念だ。だが仕方がない。オレにしては、まあ、上出来だ。

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