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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 2 約束

 気は引き締めていた。予想もしていた。それでも突然の出来事に、心臓が大きく一拍打った。

 遠く鈍く感じていた嫌な気配。それが突如、前方遠く降り立った。刃を思わせる銀色の長髪が乱雑に靡く。ヤツである。魔族である。鮮血を思わせる紅瞳を、オレの隻眼は穿つ程強く睨んでいた。すぐに殺してやる、そんな想いを匂わせながら。

 沸々と沸いてくる憤怒。ひたひたと心を満たしてくる闇。アンタ()ニースに何をしやがった? オレは抑えの利かない感情に駆られ聖剣を突き出す。

 片膝を突き、着地と同時に両手を前に掲げ、魔力を練り魔術を組む魔族の男。だが術の行使にはタメが必要だ。いくら魔族と言えど、その欠点を補えども無には出来ない。何度と無く魔族との戦いを経験し、オレはそれを理解していた。距離があるからと油断しすぎなのだ、あの馬鹿野郎は。

 聖剣の斬先(きっさき)で螺旋を描く細く長い二つの薄刃(はくじん)は、術の完成を待たず吸い込まれるように伸長し、男を射抜く。肉片にされ飛び散る両手、両腕、頭。後を追い、落葉の如く銀髪が舞い散る。淡い光を放つ薄刃は、オレに一切の罪悪感を与えること無く、その軌道上にあるもの全てを細切れにしてしまった。こんなことになるとは夢想だにしなかったろう。いい気味だ。

 直後、襲い来る風の刃と光の槍。だがそれらは突如現れた空間の揺らぎに吸い込まれ、何事もなかったかのように消滅する。同時に魔術を放った二体の魔族が、宙を滑るように飛来する薄刃に捉えられ、それぞれが二つに分断されていた。


 すかさず、右、左と一体ずつ魔族が飛ぶように走り近づく。遠距離は不利とみて接近戦に持ち込む腹積もりだろう。

 確かに魔術に比べ有効な手段だった。だがそれは、オレを僅かに足止めする一点に於いてのみと限定すればの話だ。

 各々両手で振りかぶるは、紅に発光する水晶の剣『新式聖剣』である。桁糞悪(けたくそわる)玩具(おもちゃ)に、反吐が出る。が、そんな不快な気分などお構いなしに、右から振り下ろされんとする紅刃。オレは滑りながらも一旦足を止め、体勢を低くとり右へと飛んだ。そして魔族の右脇を抜けながら、すれ違いざま魔剣を薙いだ。光を全く反射しない黒刃は、男の腹に喰い込みそのまま体を分断する。そして男は消し炭のように全体が黒ずみ始めた。


()へろ、喰へろ、喰へろ……】

【根絶やしに……するのです……】


 オレの怒りを喰らったからであろうか、二振共いい具合に暴走してやがる。オレは足元に波紋を立て、それを足場に深く膝を曲げ体を制動する。波紋はオレの踏み込みを余すこと無く受け止め、オレの体はその場にしっかり留まった。

 身を捩り反転する。そしてもう一体の魔族めがけ姿勢低く踏み出した。その魔族の男は紅剣を振り下ろして初めて、その場にオレがいないことに気付いた様子で、焦りながら左右を見渡していた。遅い。その時既に、オレは間合いに入り魔剣を振り抜こうとしていた。

 一瞬目が合う。驚きと憎しみが混ざり合ったような視線がオレを刺す。次の瞬間、オレは男の背後をすり抜け、魔剣で左の太腿を斬り付けた。魔剣はそのまま通過し、右の太腿へと到達する。そして二本の下肢をなんなく切り離した。すぐさま切断面が黒く染まり、それが広がってゆく。

 二体の魔族はほぼ同時に、ドス黒い塊と化し、崩れ、落ちた。魔族の手から離れ横たわる紅刃の光が、ふうっと消える。


 再び走りだしたオレは、ひりつくような嫌な気配を感じた。術が行使される予兆である。ここでオレは能力『感覚の拡張』を開放、魔力の動きを視認する。当たりをつけたオレは、そのうちの一体へと向かい走った。三体、それがオレの捉えた気配だった。

 頭上から魔術で組み上げられた刃が振り下ろされる。その軌道上の空間が揺らぎ、波紋が現れる。その波紋は術を余すことなく喰らい、魔術の刃は余韻すら残さず滅した。


「無駄だってことが分からんのかっ!」


 オレは大声で威圧しながら、術を放った魔族の男めがけ魔剣を突き刺した。胸を貫かれた男は、例に漏れず鈍い黒に染まった塊に成り下がり、重力に耐え切れず崩壊した。


「あと二体……」


 オレは小さく呟き、足を止め左斜に構えをとる。爪先を外に向け両足を大きく開き、深く腰を落としタメを作る。そして、右に持つ聖剣をぎりっと固く握り直し、左から右、渾身の力を込め水平に薙いだ。

 聖剣から伸びゆく薄刃は風斬る音もなく疾走し、周囲の木々、崩れかけた民家、大きな岩、全てが軒並み水平に断ち斬られた。身を潜め魔術を組んでいた二体の魔族とて、それは例外ではなく、バターに熱したナイフをあてがったかのごとく刃は何の抵抗もなくヤツらの体を通り過ぎた。

 一体の男は、半身を失いながらも最後の力を振り絞るかのように、右手を掲げ魔術を放つ。だが無情にも術は放たれた矢先に波紋に吸い込まれ、その効力を失った。

 男はそのまま、どさり地面に伏す。その時はもう事切れていた。


 (いたずら)に命を浪費するだけと理解したのか、そこで魔族の攻撃はぴたり、止んだ。

 あっという間に六体……。己の力を改めて認識し湧き上がる、薄ら寒い嫌悪感。と、同時にオレは魔族にも考えを巡らす。魔族自体は決してこんなに脆い存在ではない。ただ戦いが雑なのだ。それは圧倒的な力を持っていたが故。おそらく今まで一方的に蹂躙する相手はいたが、敵らしい敵はいなかったであろう。まるで水牛のように、考えなしにただ力だけで押す。それで割と楽に押し切れていた。だから手際が悪い。本来ならオレと魔族、これ程の力の差はないはずなのだ。


 フチクッチの屋敷だけは、それでも建物としての体裁を保っていた。だが、無事だとは逆立ちしても言える状況ではなかった。中から感じる魔族の気配。空気が震えているかのような威圧感。密集しすぎて何体いるかもかも掴めない。建物ごと斬り刻んでやりたい衝動に駆られるも、小さな気配がそれを押しとどめた。

 ニースが居る。フチクッチも。そしてもう一人、胸糞悪い奴が……。

 オレは腹いせとばかりに、二本の薄刃を以って屋敷の壁を粉々に砕いた。窓はなく、普段は薄暗い燭台だけが灯る部屋に陽の光が差し込んだ。その場の全員がオレを見ていた。だが予想していたのであろう、さほど驚く様子はなかった。


「遅かったのお、若造」


 最初の声はフチクッチのものだった。彼女は椅子に掛け屈み、顔だけをオレに向けていた。乾いた血が顔面の半分をべっとりと覆っている。右腕はだらりと垂れ、使いもんにはならない様だった。


「そんなにオレを待ちわびてたのか? ババア」


 フチクッチは言葉を返さず、代わりに面白くなさ気に顔を歪める。オレは彼女から視線を切り、傍らに立つ長身の男の目をやった。


「生きてやがったとはな。アンタも一枚噛んでたって寸法か」

「非道い言いようだねぇ。そんなことするわけないじゃないか」


 この場面に似つかわしくない鷹揚な笑い。おちょくってるのか、ともとれそうな態度だが、オレは敵に回ったかもしれないこの男、カイムに不思議と疑念を持つことはなく、逆に心に抱くは僅かな安堵


「こやつが睨みを利かさなければ、もう少し酷い有様だったかも知れぬ」


 フチクッチが苦しげに言う。そして彼女の視線は血溜まりの中心、そこに無造作に臥しているニースへと向けられた。

 それは凄惨だった。白く細い首はその半分近くが掻っ切られ赤く染まっていた。大きな蒼碧の瞳は更に大きく見開かれもう閉じる力も無いようだった。両足は潰され形を留めておらず、右腕の肘から先は切り取られ壁際に転がっていた。新式聖剣であろう透明な水晶の刃が彼女の細い体を貫き、床板に(はりつけ)にされていた。生きているのかどうかすら疑わしい有り様だった。

 が、……生きていた。証拠に首の切り口から呼吸が漏れ、胸郭の動きに合わせひゅうひゅう音を立てている。人間のオレには考えられないほどの苦痛だろう。だが、彼女は精一杯生きようとしているように見えた。握る剣に力が(こも)り震える。それだけではない、オレは全身を乱雑に震わせていた。


 ニース越しの壁際には六体の魔族の姿があった。奥の部屋にも数体。だが全員動く気配はない。オレはわずかに腰を落としヤツらに目がけ前傾姿勢を取った。その時、両肩を掴まれ上から押し付けられる。振り向くとカイムがオレの後ろに立っていた。その顔はいつもながらに落ち着き鷹揚なものだった。


「今、暴れたらニースの命はないかもねぇ」


 オレは黙り、アンタも斬り刻んでやろうか、とばかりに睨みつける。だが男は表情をぴくりともさせず、子供にでも言い聞かせるように、ゆっくり丁寧に言葉を発した。


「ニースの頑張りが無駄になる。ニースは自分の支配下にあると、魔族達に思わせなければねぇ。自棄になってニースを滅ぼしてしまうかもしれない。だからいいかい、ここは耐えるんだ」

「耐えて……どう……する」


 体中が力み上手く口を動かせない。言葉が震え(うわ)ずる。


「ニースが諦めるのを待とう。諦めて器の封印を解くのをねぇ。それにニースはもうギリギリだからねぇ。ヤケにさえならなければ、あの人達はもう手を出してこないよ。それにオッサンがここに来たからねぇ。こっちが圧倒的に優勢だってことは、向こうも充分分かっているはずだからねぇ」

「アンタ……器が欲しいだけだろ」


 するとカイムは不敵に笑った。


「まあねぇ」


 オレは、今、目に映る全てのものを滅茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られ、抑えが利かなくなっていた。魔剣の叫び、聖剣の呟きがひっきりなしに脳をかき回す。

 そしてオレは肩に乗せられた手を跳ね除け、振り返りカイムの喉に魔剣の斬先(きっさき)を突きつけた。

 背中越しに魔族の気配が揺らぐ。人間と比べ圧倒的だった種族。そんなヤツらが姑息にもオレ達の隙を窺っている。だがそんなことは、今はどうでも良かった。


「落ち着いて聞いて欲しいんだけどねぇ」


 落ち着けるかよ。と、オレは床に唾した。だがカイムはそんなオレの態度も黒刃が喉元に触れていることも、そんなもん大したことはないとばかりに、普段見せる落ち着いた態度を崩すことなく口を開いた。


「オッサン。最後の約束をしよう」

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