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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第1章 アレンカール編
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episode 5 魔族

〈あらすじ〉

 アレンカールの町でしがない傭兵業を営む中年男性コートは美人で名高いニースをあわよくば口説こうと町の庁舎を訪れていた時、町に滞在している貴族が森へ侵入したとの報告を受けた。助けに向かったコートと自警団の面々は魔獣の群れに襲われる。

「どうなってんのコレ。いい加減にしてもらいたいし。ああ、もう動けない」


 ペギーの口から漏れる弱音に混じり、からんと金属音が響く。握る力を失ったペギーの右手から落ちた細身の曲刀(きょくとう)が、地面とぶつかり弾かれたのだ。

 その時、魚状の魔獣が一体、ペギーの横っ腹めがけてゆらゆらと襲いかかってきた。それが疲弊しきった彼女の不意をうつ形となり、そのまま突き飛ばされうつ伏せに倒れてしまう。

 そこにすかさず魔獣が三体、ここぞとばかりに殺到する。既のところでヤーンとオレがペギーと魔獣の間に割り込み、迎撃に成功した。


「この調子で行けば、もうすぐ魔獣は出てこなくなるはずだ。もう一息、踏ん張ってくれ」


 みんなを叱咤するヤーンの静かだがよく通る声。疲れがたまり落ち窪み始めた目つきに精気が蘇り、全員の動きが少し戻った気がした。彼の一言がみんなを奮い立たせたのだろう。

 今までもそうだ。ここぞという時、ヤーンのひと声でどうにか乗り越えてきた。なんとも不思議な奴らだ。こんな状況だというのに少し気分が良くなる自分に少しニヤけた。


「ホレ、お前の武器だ。しっかり握っておかないと食われちまうぞ」

「どさくさ紛れにセクハラだし」


 シンメーがペギーの手を取り立たせると、曲刀を手渡し尻を叩き発破をかける。その痛みからか、はたまた……。ペギーは少し頬を赤らめ若干涙目になりつつシンメーをギッと睨んだ。


「おう! いいねぇいいねぇ。一息(ひといき)ついたらオレもそういうやつ頼むわ」


 ペギーに毒づくオレに、彼女は無言で鋭い視線をこっちに向けてくる。目がマジだ。マジな目だ。シンメーの時のような甘酸っぱげな気恥ずかしさは微塵もない。オッサンにこの手の冗談は厳禁でございました。調子にのってすいません。生きててごめんなさい。


「オッサンのケツなんか叩くかよ! (きたね)え!」


 そっちじゃねえよ……シンメー……。

 だが、その一言に、ペギーの口元が少し(ほころ)ぶ。先ほどのゴキブリを見るような目つきもセミあたりに昇格されたような気が。セミだけに、もう『うるさい奴』程度にしか思っていないだろう。とにかく助かったことには変わりはない。最大級の賛辞を送ろう。シンメーはオレの救世主(きゅうせいしゅ)


 だが、確かにヤーンの言うとおり魔獣の数は減ってきている。なぜなら魔獣は瘴気を介して顕現(けんげん)する。しかし、どうやらタダでポッと出てこられるようではないらしい。交換するように周囲の瘴気を消費するようなのである。幽世(かくりよ)幽世(かくりよ)世知辛(せちがら)い世の中なのだろう。渡る世間はなんとやらである。消費する量も魔獣によってまちまちのようだ。大抵大きい魔獣ほど大喰らいの傾向にあるようだが。


 大分、瘴気が薄まってきている。それに比して、ここにきて魔獣の勢いも一気に落ちてくる。この猛攻も先が見えてきたため全員の表情にも余裕が出てきた。

 

「何か想定していないことが起こるかも知れない。気を引き締めよう。これ以上怪我のない様、慎重に行動してくれ。くれぐれも深追いは禁物だ。よろしく頼んだよ、みんな」

 

 またしても、ヤーンが絶妙な拍子で声をかける。少しばかり緩んだ雰囲気は一転、今の一言で引き締まりを見せ始めた。

 全員、生傷だらけではあるものの、どれも軽傷で済んでいる。もう一度同じ状況に陥れば犠牲者が出ていたであろう。それくらいのことは簡単に予想できる状況であった。何かちょっとしたボタンの掛け違いがあれば全滅していたかもしれない。運が良かったといえばそれまでだが、誰もが諦めなかった、その成果であろう。

 そのため、ここまでほぼ開く余裕がなかった彼らの口元も、油を()したように滑らかに動くようになっていた。

 

「了解だ、団長。いやー生まれてこの方、ここまでしんどい戦いは初めてだったぜ。帰ったら酒をたらふく飲みたいもんだ。今日のオレなら絶対一樽(ひとたる)はイケる」

「全くだ。大戦の時でもこんなしんどい戦いはしたことがなかったよ」

 

 場の空気を作ることが巧いシンメーが笑い、(さき)の大戦経験者であるカイジョーがそれに答えた。

 

「戦争は戦争で……いろいろあったさ」

 

 ヤーンも大戦時徴兵された一人であったはずだ。戦時の話をすると決まって見せる憂いを帯びた声と顔が、その裏付けでもあった。

 

「カイジョーもあんたも辺境の防衛だったろ。ちょっとした小競り合い程度で、戦闘らしい戦闘はなかったって話じゃねぇか?」

 

 いつものごとく口の回るシンメーが野次る。非日常の中にして、日常が零れ落ちたように錯覚させるやり取りであった。

 

「ははははは、まいったなぁ。だから、おかげでこうして今も五体満足でいられるよ」

 

 ヤーンが笑った。だが話によるとヤーンはラディトラディ地方に配属されたはずだ。そこは国境に近く、戦争末期は主戦場にもなっていたほどの激戦区だったはずだ。

 オレは、ヤーンの言う『五体満足』とはそこでの経験が今の自分につながって生き延びている、そういうことなのだろうと、自分の中で決めつけた。

 

「はーあ、ここの男どもは本っ当情けない奴らばっかだし」

 

 ペギーが男性陣に容赦無い一言を溜息と共に漏らした。魔獣と対峙していたオーワにも聞こえていたのであろう。とどめを刺していた顔が若干引きつっていたように見えた。

 

「だが、そういう情けない男たちが王都の騎士以上に働いたんだ。誰か一人くらいホレてみてもいいだろうに」

 

 と、オレが答える。少しは褒めてもバチは当たらないと思うのだが……。

 

「スケベおやじは黙っててよ!」

 

 冷気を含んだ強い眼差しが返ってきた。もう何も言いません。喜んで貝にならせていただきます。

 苦笑いのオレはペギーにそう言い返そうとしながらも、冷たい視線に晒され、萎縮して何も言葉が出てこなかった。貝ではなく魚のように口をパクパクさせ言葉をひねり出そうとしたその時、ふと、身に覚えのある感覚が辺りを支配した。強張(こわば)り口を動かすことを完全に停止させた。


 それは一瞬にしておきた。オレ以外誰も気づいてはいなかった。当然だ。瘴気を感じ取れる人間など、この中ではオレだけなのだから。

 辺りの瘴気が全く感じられなくなってしまったのである。それも一瞬で。同時に周囲にいた魔獣も一体残らず煙となって消えてしまった。とてつもなく嫌な予感に、汗が引き、四肢の末端が冷えてくるのを自覚する。この感覚は覚えている。と言うか忘れられずにいる。そう、この感覚の直後、忘れたくとも忘れらない惨劇が起きたからだ。

 

 それは、災害と言ってもよかった。(さき)の戦争時、今はなきとある城塞の防衛戦でのことであった。

 王国の難攻不落と言わしめられた城塞に、帝国は最も単純で最も非効率的、だが最も効果的で残虐な作戦とも呼べない作戦、物量をもって攻めてきた。

 国力の差を考えれば、当然と言えば当然だったかも知れない。

 ありえない量の砂嚢が(ほり)を埋め尽くし、ありえない数の兵が城壁に殺到した。火矢の雨は昼夜を問わず浴びせられ、投石機からは間断なく石が投げ込まれた。

 物資と兵を大量に消費しながら、徐々に徐々に城塞の防御を崩していく帝国。それをぎりぎりのところで防ぎきる王国。どちらも死力を尽くす戦いを繰り広げてはいるものの、しかしどちらも決め手に欠けた。

 双方、血と泥にまみれ、さながら地獄絵図のような光景が延々と広がり、長期化しいつ終わるとも知れない戦闘が繰り広げられた。その最中(さなか)、膨れに膨れ上がった瘴気が一瞬にして消失した。そしてその直後、オレは本当の地獄と呼べるものを見た。

 それは、人間のようでいて明らかに違っていた。赤く深い瞳、銀色の見事な光沢を湛えた髪。端正な顔立ちに獰猛な笑みを浮かべ、自分達人間と同じ言葉でたった一言つぶやいた。

 

神共(かみども)はどこにいる」

 

 結果、城塞は崩落しその機能を完全に失った。双方合わせて二万人を超える兵が、記録では三百七十六人しか残っていなかったと言う。それほどの被害を被ったにも拘らず、その報告を受けた人々は、帝国、王国を問わず思った。「被害がこれだけで済んで運が良かった」と。

 この事件をきっかけに泥沼化した戦線は、どちらも勝利の美酒に酔うこともなく、渋い味わいを残しつつ驚くほど呆気(あっけ)無く理不尽に終息を迎えることとなった。

 こうして五十年と続いた大戦は、たった一人の魔族の出現のおかげで終結へと向かったのである。

 

 

退()け! 急いで!」

「どこでもいい。とにかく逃げろ!」

 

 命令、指示、報告、連絡、相談。それらとは一線を(かく)したヤーンとオレの叫び声が森の中に響きこだました。全員が何がおこったのか、目の前の光景をいまいち理解できていないような呆然(ぼうぜん)とした表情を浮かべる中、ヤーンの引きつらせた顔には恐怖が含まれていた。全身も小刻みに震わせている。常に冷静沈着を地で行くような男の貴重な振る舞いではあるが、それをからかい半分、珍しいものとして眺めているような余裕はオレにはなかった。おそらくオレも似たりよったりだったろうからだ。

 先の大戦を終結させた張本人、それが不意に目の前に(たたず)んでいたのだから。

 頭蓋の中の(くすぶ)った、しかし絶対に消えることのなかった強烈な記憶が、畏怖という感情と共に鮮明に(よみがえ)る。

 あの時と何ら変わりのない深紅の瞳。あの時と何ら変わりのない銀髪。だがしかし、あの時のような獰猛な笑みはそこにはなかった。遠く東の方角を見つめ、シュッと尖った形のよい顎に右手を添えて、考え中ですよと言わんばかりのお決まりのあのポーズをとっている。このポーズは、オレの脳内の『女子にとってもらいたい仕草』の上位に必ず食い込む程、心臓がトクントクンときめくのだが、今は全くときめかない。その代わり、心臓が乱雑に警鐘を鳴らしていた。

 ただ、当の本人はそんなオレ達を路傍の石かなんかのごとく、全く相手にしていない様子である。

 

「ま、魔族だっ!」

 

 ヤーンは、そこにいる全員にその正体を知らせた。カイジョーが体をびくりと震わせた。残りの四人は各々の武器を構え、魔族に向き直る。それは勇猛ではない。無知なだけだった。

 

「近くにいるか……」

 

 魔族の男は、遠く東の空を見てつぶやく。但し何のことを言っているのか、オレにはさっぱりわからない。だからといって、問い質す気になるわけではなかった。

 

「時を稼がせてもらおうか」

 

 そして、右腕を掲げ、(てのひら)をオレ達へと向けた。その仕草は、まるであの時と同じだった。

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