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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第5章 帝国辺境編
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episode 10 戦鎚

 よほど断ち難いとみえた。

 裏返(うらがえり)は亀のように身を固め急所とも言える胸、腹、顔をしっかりと護っている。一方のウラヌシアス兵は、剣、槍、鉄槌を雨のごとく打ち付けるものの、硬く(しな)る皮膚と肉に阻まれ致命にまでは届かない。カリュケによって動きがほぼ止まったにも拘らず、ほとほと攻めあぐねていた。


 柔らかい衝撃がオレにかかる。何者かが体勢を低くとったオレの肩を掴み前進を阻んだ。

 振り返るとクマのようにゴツい手を伸ばすイオカステが、くいっと器用に顎をしゃくっている。その先に目をやる。と、カリュケが青白い額に大粒の汗を垂らし術を行使していた。視線を向けられたことに勘づいた男は、この期に及んでなお落ち着きを払い低い声を発した。


「術に干渉する輩がいる。ニウトを介した魔術は意外と強固でね。今すぐ解けるわけではないんだ。が、このままではそう持ちそうもない。オッサン、悪いけどそいつをどうにかしてくれないか」

「どこにいるかは分かるか」


 緊迫した状況をして、カリュケはやおらに首を振りながら答える。男の場違いとも言える平穏な態度に釣られオレも緊張を解き体の力を抜いた。


「だいたいの方角だけならね。悪いねそれほど役に立たなくて」

「充分だ。魔法ってのは便利なものだな」


 カリュケの差した方角はほぼ真北、敵の本隊と思しき場所だった。だが手前の木々に視界が阻まれ、全体像は確認できなかった。

 そこに魔術師かそれに類するものがいるはずである。一時(いっとき)抜けた気を再度引き締め、何か言いたげだったカリュケの許を後に、敵中に再び身を投げ出した。


 すれ違う動きの鈍った裏返の首を、ついでとばかりに斬り落としながら突っ切る。

 時間が経つにつれ、徐々にではあるが確実にカリュケの術の弱まりを感じ、それに反駁(はんばく)するかのように緩やかにではあるが、裏返が活気づき始めてきていた。

 カリュケとしては多くを仕留めたかったはずだ。だが裏返は彼の予想を上回る頑強さを見せたのだ。


 ここで、深追いしていた一隊が視界をかすめた。焦り怯え混乱した息遣いと怒声、肉を叩く音がオレに届く。


「もういい! 逃げろ!」


 オレは声を張るも、興奮した彼らに聞こえている様子はなかった。近づきもう一度試みる。


「もうすぐ術が途切れる。急いで……」


 逃げ切る余裕を与えてはくれなかった。空から巨大な何かが落下し、(とどろき)がオレの言葉を遮ぎる。直後、カリュケの術は完全に途切れ、糸がふわりと舞い、先ほどの一隊は赤い液体を滴らせたミンチになっていた。


【糸を()ったのです】


 その物体の存在感に飲まれ、返事も忘れ唾を飲み込む。

 それはまるで野生の猛獣を思わせた。巨体を誇るイオカステを裏返(うらがえ)したような、そんな雰囲気を放っていた。その身に見合った凄まじくでかい戦鎚を振りおろし、人間も魔術も全てを一撃で叩き伏せたのである。

 顔から爪先に至る全身を覆うは、鈍色(にびいろ)の分厚い金属がただ折り重なっただけのような大雑把な板金状の鎧。その表面にはいくつもの傷が刻まれてはいるが、どれもその厚さと硬さにひれ伏したのだろう。貫通したものは無いように見えた。屈曲部も強固で大雑把。これでは動きの阻害は已む無きことだが、反して隙間は見られず、通常の武器はそう簡単には通りそうもないように見えた。

 その鎧に点々としている赤黒い斑模様(まだらもよう)は、乾いたものから湿ったもの、生乾きのものと様々で、全くもってありがたくないことに、既に幾人もの命を葬ってきたことを、オレに否応なく教えてくれた。


「あれも裏返なんだろうな」

【そのようなのです】

「心底、逃げたいと思うよ。うらわかき乙女のように、甲高い悲鳴でもあげながらな」


 しかし、残念ながらオッサンである……。

 のそりと振り返るそれを目にして弱音を吐露するオレに、当然ながら、ため息混じりの声が頭の中に直接響いた。


【はあ〜。情けないのです】


 だが、こういう場面で話し相手がいるってのは気持ち助かる。

 オレは半強制的に気持ちを切り替え、呼吸と戦う準備を整えた。軽く腰を落とし双剣をだらりと垂らす。背筋は立て直角に開いていた両つま先をじりっと裏返へと向け、母趾(ぼし)の付け根に力を込めた。

 腰をかがめ姿勢を下げたと同時に大地を蹴り頭から踏み込む。と、不意に全身を撫でるような風圧が届いた。


「ちっ。振りかぶっただけでそれか」


 オレは再度能力を開放した。

 鈍色の裏返は、そのでかい図体と鎧の阻害をものともせず、素早く滑らかな動きを見せた。使える所作である。

 重く大きい得物を振り回すには腰を落とすとされている。そうしなければ軌道が()れ、力の隠ったまともな振りは生まれてこない。だがそれは棒立ちに近い佇まいでオレと正対し、あらゆる攻撃にも対処できるよう爪先を軽く外側に開いていた。

 右肩口付近で軽々と垂直に構えられた戦鎚からもたらされた、とてつもない違和感、そして威圧感。汗腺から汗がじわじわとにじみ出る感覚が、全身をくまなく刺激した。


 その戦鎚が斜めに振り下ろされる。オレは動きに合わせ前進を止めた。

 そして拍子を見計らい再度左足を踏み込む。と同時に、オウブの紅刃がふらつきをぴたりと止め、裏返の左膝に針路を取りその最短距離を辿る。直後、戦鎚の先端がオレの眼前を過り、低く鈍い風切り音が後に続いた。

 紅刃が鈍色の装甲に届いた感触が伝わる。と、その時オレの視界の右隅が黒く覆われ始めた。あろうことか重量のある戦鎚を棒立ちのまま、木枝を振り回すかのように空中で返したのである。オレは完全に不意を突かれた。

 能力をもってしても疾い。そして重い。慣性など存在しないのではないか、と錯覚した。

 ヤツの鎧は防具なのではない。あれは重石だ。重い武器を振り回すと当然重心はブレる。それを防ぐ役割を担っているのだろう。

 なまじ強くはじこうが軌道を変えられそうにない。だがそれでもオレは振るう紅刃の勢いに乗せ、体を捻り右に持つ巨大な剣を戦鎚めがけ叩き上げた。

 黒鉄色の戦鎚の先端とクテシフォンの蒼白い剣の腹が衝突する。金属と水晶とが織りなす独特の乾いた音が響き、空気が震えた。

 鉄の塊に弾かれそうになる聖剣を腕力でこらえ、振りぬく。と、固定した手首にかかる衝撃が痛覚神経を掻き立て、ずきんとした痛みに変わる。そしてそれが能力によって倍増された。

 オレは痛みに耐え歯を食いしばった。

 幾分軌道を変えられた戦鎚はそれでも速度を落とすことなく右から左へと移動してゆく。オレは弾いた勢いを借り、その進路の下へと潜り込み、そのまま振りぬいたオウブに引かれるように、裏返の左側へと転じた。

 手応えは感じた。だが浅い。

 オレの右足が地面を捉えた瞬間、すぐさま腰を逆方向へと捻る。

 腹に響く低音と振動。戦鎚が寸刻までオレが立っていた地面を抉っていた。無茶苦茶だ。

 だが一瞬、裏返の動きが止まった。斬り付けた左膝からどす黒い血が吹き上がる。痛みをこらえる様子はない。関節が壊れ踏ん張りがきかなかったのであろう。

 その隙を逃すわけにはいかなかった。オレは腰の回転の勢いままクテシフォンを薙ぐ。だがそれも見事に反応された。裏返は迫りくる刃に手甲が嵌められた左腕を突き出し、がら空きになった己の体を護ろうとしていた。

 だが蒼刃は無慈悲だった。左腕をあっさり切断。そのまま無防備な脇腹へと向かう。

 到達した刃は何の抵抗も見せずに、鎧を貫き肉に食い込み体幹の半分以上を切断した。そしてそのまま何事もなかったかのように通過していった。

 聖剣が発した蒼白い光が余韻となって残る。その残光に濁った血が混ざった。


 それでも裏返は残った右腕に力を込めた。戦鎚を持ち上げようと試みたのだろう。大した生命力だ。しかし残念ながら、傷ついた肉体は()たなかった。戦鎚の重さに耐え切れず、切断面が大きく口を開き鎧が(ひしゃ)げ、そのまま体が裂けた。この時、鎧のもう一つの役割に気がついた。外骨格だったのだ。重い得物を振るうことで発生する、肉体への負担を軽減させていたのだろう。

 前のめりに倒れる裏返にとどめを刺すべく追いすがる。そして倒れたと同時に左右の剣で右腕と頸を切断した。


 返り血を浴びながら、能力を解き状況を見回す。カリュケの術が効力を失い、活動を再開した裏返の群れが再び南へと歩みを進めていた。


「さて、どうしたものか」


 この巨大な裏返がカリュケの言う術師とは思えない。すると甲高い静かな声が脳に触れた。


【あの魔術師の言うとおり北に向かうのです】

「何故だ」


 しょうもない予感がするも、一応理由を訊いてみる。


【敵陣に恐れず立ち向かってゆく事こそが勇者であり、たった一人だろうが敵を殲滅するのが英雄なのです】

「カリュケの許に戻る」


 また始まった……。オレはややうんざり気味の表情で、聖剣の能書きを間髪入れずに否定した。術が解かれた今、先に進む意味はないと考えたからだ。


【弱虫。意気地なし。腰抜け。ドスケベ」


 ドスケベは関係ないだろ……。


「行きたきゃ行け。お家に帰る途中の裏返の背中にぶっ刺してやるよ。あんなんでも一人っきりよりはマシだろ?」

【いつかその口、切り刻んであげるのです】

「やってみろよ、ナマクラ」

【く〜っ、この屈辱は絶対忘れないのです】



 その時であった。

 越冬した木の葉が一枚、落葉となってはらはらと舞った。オレはそれに釣られるように空を仰いだ。


「大事な人形だったのに。よくも壊してくれたわねぇ」


 月白の肌に鮮血を横に引いたかのような真っ赤な唇が動く。そこには真っ直ぐで艶のある長い黒髪を垂らし、幼気(いたいけ)な少女のような可愛らしい風貌の禍々しい何かが、深紅の双眸を爛々と輝かせオレを見下ろし睨めつけていた。視線に宿るは敵意と好奇。オレはじっとその瞳を見上げながらそう感じた。

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