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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第5章 帝国辺境編
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episode 8 丘陵

 森を抜けた。そこは見晴らしのよいなだらかな丘陵になっていた。急に陽に晒され、眩しさから右手を庇のように翳す。

 残雪が足元を湿らす。歩くにやや覚束ないものの、そのひんやりとした冷たさは、魔獣と戦い程よく火照った体に心地良く染みこんできた。

 遠目に見えるは目的地であるプロスペロー砦。疎らな木々に囲まれた陵の中腹に構えるそれは、噂に聞いていた通り、砦とは名ばかりの簡素な付城(つけじろ)であった。

 砦内の人は疎らであり、打って出た様子が窺えた。籠城に気持ちが耐えきれなかったのだろう。既に城を一つ落とされているのだ、無理もない。だが、そこは疎らではあったものの忙しなかった。伝令と思しき人馬が、絶えず門を往来していた。


「急ごうか」


 カリュケの穏やかで滑らかな低い声が響く。人を惹きつける声音である。特にこれといったやりとりはなかったものの、この男もオレと同じ考えに至ったようだ。そしてそれはもう一人の男も同様だった。イオカステは口を引き結んだまま頷き、勢い良く鼻から息を吐く。そして大きく一歩を踏み出した。


 スィオネから帝都行きの依頼を受けて二日後、ハーシェルの村に急報が舞い込んできた。

 本国が公国の居城ウラヌシアス城を急襲してきたのだ。村全体が浮足立った。

 その総数は、およそ七千。対する公国の兵力は九千を超えていた。戦力差と有利な守勢に当初、城の防守は容易と考え悠々と構えていたという。だがそれに反し、城は一日も持たずに陥落した。ウラヌシアス公主オベロンは何が起こったか理解できずに、十五キロ離れたプロスペロー砦に撤退を余儀なくされた。との事だった。

 本国とは、七公国を除いた帝都を中心した帝国本国のことである。

 公国からの命令とも取れる要請を受け、ハーシェルが派遣を決めたのは、カリュケ、イオカステそしてオレ、たったの三人だけだった。村としてもどちらに付くか、見定めようとしている様子が窺えた。

 貧乏くじを引かされたオレ達は、その要請に際し、迂回する街道をやめ魔獣蔓延る森を抜けることにした。これは急ぐためであり、二人の戦い方を知りオレの戦いを知らしめるためでもあった。


 晴れ渡ってはいるものの、どこかしっくりこない遠い空を見上げながら、出立前夜にニースと交わした会話、その時の情景を頭の中でなぞる。彼女の白い頬は蝋燭の弱い光に照らされ、帆布を彩るようにゆらゆらと揺らぐ朱に染めていた。それはまるで、彼女の不安定な心情を表しているかのように思えた。


「明日……ですか……」


 ニースが力なく呟いた。


「ニース、ここは危険だと思う。 何ならまたおぶって行ってもいいんだ。『子連(こづれ)』なんて妙な二つ名がつくかもしれんがな」

「あははは……。大丈夫ですよ、たぶん。あの人が私を利用しようとしている間は、私は安全です」


 笑いながら、冗談と本気を入り混ぜたオレの話に、ニースも口元に手を添え、屈託なく笑ってみせた。しかしすぐさま寂しさを含ませたかのように、その笑顔に憂いを含ませた。彼女の伏し目がちな視線の先をたどるとそこは、オレの爪先に辿り着いた。


「私は弱くなりました。本当ならあなたを止めるべきなんです。ですが、もう一度あなたとならんで歩きたい、その気持ちが抑えられません」

「弱かあねえだろ。アンタは今、自分をさらけ出した。そういう奴はなあ、わりかし強いもんだよ。まあ、とにかく気にするな。どうせ魔剣は手に入れるつもりだったんだ。約束だったからな」


 カイムはオレとの約束をきっちり守りやがった。命がけで。それがなんだか癪に障った。だからこそ今度はオレが約束を果たす、そう決めていた。


「あの男がもし、くたばっちまっていたら、その時はいい墓標代わりになるだろ」


 彼女は黙ったまま愛想笑いを浮かべていた。暫しオレも黙る。

 互いが互いを思いやることで生まれた沈黙だった。心地よさに身を沈めてしまいたかったが、踏ん切りをつけるため、オレは勢い良く声を上げた。


「おとなしく寝てろ」

「ウィッス! よろしくお願いします。あははは……」


 あらためて考えると、今までニースは何も欲してはいなかった。諦観し、全ての物事を毅然と受け止めていた。だからこそ、三百年にも及ぶ引きこもり生活が可能だったのであろう。だがあの夜の彼女は違っていた。神にしてはとても小さなことを願った。歩きたい……と。

 憂いを帯びた女神の笑顔が脳裏に浮かんだ。だがすぐさまその心象も遮られる。

 気分を害したオレは、小さく舌を打つ音をたてるも、砦の向こう遥か南の方角から、低く轟く鬨の声と叫び声、鉄と鉄、肉と肉がぶつかり合う音に、すぐさま掻き消されてしまった。程なくして風に乗って血と死の臭いが届く。嫌というほど味わった、殺戮が醸し出す気配。それが北に進路をとり近づいてくるのが分かる。おぞましさと恐ろしさに身震いをしていた。


「悪いが砦には寄らん。あんたら二人で行ってくれ」

「このまま戦場に向かう気か? 一人で何が出来る」


 オレが指針を示すも、納得がいかないのだろう。イオカステが罵る。その声音には怒りと呆れ、それと少しの怯えがこもっているかのように聞こえた。


「猫の手程度の足しにはなるだろ」


 敢えていつものように振る舞う。何事も無いように口角を上げ、右手で後頭部をボリボリと掻いた。


「オッサンの戦いは凄かったからね。あんなものを見たら、止めるに止められないよ。それに、お前の足には追いつけないだろうからね」


 カリュケはいつしか、オレをオッサンと呼ぶようになっていた。やはり『クーロン』の名は、帝国民には受け入れがたいとみえた。


 オレは二人の前へと踏み出した。そして留め金を外し、聖剣クテシフォンを鞘からはずす。白昼というのに淡く青白い光が溢れる。その美しい剣身を目蓋に収めながら、二人に挨拶でもするかのように、振り返り一言告げた。


「じゃあ、留守番頼むわ」


 カリュケは頷き、イオカステはあからさまに顔を逸らした。

 再び前を向いたオレは、戦場と思しき場所に駆けて行った。


「相変わらず不格好にでけえ女だな」


 不安や恐れが無いといえば嘘になる。オレは気を紛らわすためにクテシフォンに挑発じみた言葉を投げかけた。


【不格好なのはマスターなのです。手が震えているのですよ】


 剣だけに痛いところを突きやがる……。


「なるほどな。なら不格好同士、お似合いってとこか」

【フン、分かればいいのです。ポンコツ】


 戦の音が大きくなるに連れ、徐々に濃密にのしかかってくる血生臭い気配。だが、この感覚に懐かしさを覚える自分がいた。それがどうも気に喰わない。はっきり言えば、そんな自分に嫌気が差していた。


 砦を迂回し更に先へと稜を駆け下りる。嫌な気配がいよいよ近づいてきた頃、一人の男がオレに向かって走ってきた。走ってきたと形容したが、そんな上等なものではない。ふらつきながら、酔っぱらいの千鳥足のように、悪い意味で器用に足を右と左とを交互に動かしている。男の姿はやつれ、青ざめた顔は恐怖に引き攣っていた。


「逃げるなっ! 仮にも兵士だろ」


 オレは怒声を張った。兵士の仕事は極論すれば、殺すこと、そして死ぬことにある。その二つが大切なものを守ることにつながるのだ。それを放棄することは、いかに負け戦とは言えあまりにお粗末な行動と言えた。

 ただそれは兵の責任だけに留まらない。そもそもが、そんな戦をしてはいけないのである。要は勝てるだけの準備ができていなければ、急襲だろうが聖戦だろうが関係ない。あらゆる手段を講じて、回避する努力をしなければならないのである。と、しがない一傭兵は考えてしまう。

 逃げる兵士と対面する。が、男は先ほど怒鳴られたオレに、構うことなくまさに一目散、稜を駆け上がっていく。

 気づいたのは、その時であった。男の後から禍々しい何かが、近づいてきていた。魔人とも魔獣とも違う。当然人間などではない。今まで感じたことのない気配に、産毛が総毛立つのが分かる。突然のことに、今度はオレが浮き足立っていた。

 視界に映るそれは、人間のようでもあった。だが姿形こそそうであれ、明らかに人間とは違った。体中には無数の刺し傷。腹部には長剣が深く食い込んでいる。そこから止めどなく血が流れ落ちて、その道程を赤黒く染めていた。首はあり得ない角度に曲がり、槍を握る右腕も歪だった。生きている、とは到底思えない。だがそれは男を追いかけ走ってきていた。


裏返(うらがえり)ってやつか」


 フチクッチの話にあった『裏返(うらがえり)』と目の前のそれは、ピタリと一致した。自分の直感が下した結論に気が滅入る。

 おれは、目の前のそれに哀れみ、小さく呟いた。


「なあサクヤ。可哀想だがアレは人間じゃなくていいんだよな?」


 彼女ならどう答えるであろう。オレには想像もつかなかった。だいたいあの娘、訳わからんし……。

 クテシフォンを両手に握る。そして、剣を前にだらりと垂らす構えをとった。全身の力を抜き腰をぐっと落とすと、自然と両足に力がこもる。溜めた力を全て推進力に費やすかのように、筋肉を連動させ大地を蹴った。

 一瞬で近づくそれは、まったくの無表情だった。無心? そう直感した瞬間、背中に寒気が走る。その勢いのまま、転んでも已む無しとばかりに目一杯低い姿勢をとる。

 オレの胸あたりがあった場所を、槍の鋭い穂先が通過する。オレは足を大きく広げ踏ん張り、聖剣の青白い刃を斬り上げた。

 そしてそのまますれ違う。食い込む長剣もろとも二つに分れたそれは、それぞれがそれぞれに蠢いていた。


【アレが裏返(うらがえり)なのですか?】

「たぶんな」

【人間とは実に愚かな生き物なのです】


 こればかりは、クテシフォンの言い分に全面的に同意するほかはなかった。

 やがて、それはゆっくりと動きを止め、大量に瘴気を発生させ力尽きた。同時に魔獣が一体発生する。オレはその魔獣を一振りのもと、斬り伏せた。


「オマケ付きか。手の込んだことをしてくれる」


 オレは、戦場を見下ろした。


「頼むぞクテシフォン。足だけは引っ張らないでくれよ」

【それは、こっちのセリフなのです】

「おいおいアンタ、引っ張る足ってのはどこから生えているんだ?」


 不貞腐れ無言のクテシフォンをよそに、オレは右腰に掲げた新式聖剣オウブを鞘から抜いた。

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