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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
閑話2 5年後くらい
65/109

episode 黄昏(旧題:アレンカールにて)

 これは女神とオッサンの旅が終わったあとの一幕でございます。

 若干のネタバレ含みます。ご注意を。

 倒された華奢な体をゆっくりと起こす。見上げると見覚えのある女が三人、嘲笑っていた。


「よくもまあ堂々と歩けるもんさね。ここはアレンカール、人間の住むところさ。弁えな」

「いつも笑って、気味が悪いったらありゃしない」


 恰幅のよい一人が足蹴に砂を巻き上げた。その砂埃の先でニースは黙って顔を背ける。

 蔑み冷ややかな視線。ニースはそれを俯き耐える。


 ことの起こりは何のことはない。ただニースが道端を歩いていただけである。だが彼女にとって、これは悲しい日常だった。


 魔女裁判。

 後に住民はこう呼んだ。この事件で、ニースは町の人々に魔女として認識され、畏怖された。

 恐怖は熱病のように住民の心を侵食し、伝染し、拒絶という新たな感情を植えつけた。

 時が経つにつれ、その恐怖も徐々に削がれ、そして拒絶だけが浮き彫りとなった。ほどなくして彼女は迫害の対象となった。


 体にかかった砂を手で払い、ニースはゆるり立ち上がる。

 顔を上げると、慰めるような笑顔を向け、小さく手を振る大柄な女の姿があった。年の頃は五十を過ぎているだろう。老いはあるものの、そのどっしりとした体型に、女性特有の優しい力強さを感じた。

 ニースは朗らかな笑顔を作り、女に小さく会釈をした。


「酷いことするもんだねえ」


 その場を去ろうとするニースを、女の大きな声が呼び止める。


「あまり私に関わらない方が……」

「んなこた構やしないよ」


 女はニースの話を遮り、かっかっか、と大声で笑った。


「旦那は元気かい?」

「あの人、忙しいみたいで」


 ニースが嬉しげに微笑む。女は優しく微笑みを返し、鼻を鳴らした。


「こんなべっぴんさんを放ったらかして、甲斐性のない男だねえ」

「あはは……」


 そして節くれだった太い指が、ニースの細い手首を、ふわり包んだ。


「夕食の手伝いをしておくれ。今日、息子が久しぶりに帰ってきたのさ」


 ニースは少し困った表情を向けた。人の優しさに飢えていたニースにとって、十分魅力的な誘いであった。だが自分に関わることで、彼女まで蔑ろにされることを恐れたのである。

 気持ちを察した女は、またも大きな声で笑った。


「優しい魔女さんだこと。ほらほら、もたもたしないで行くよ」


 そしてニースは女に引き摺られるまま、家路へと向かった。


 使い込まれた炊事場だった。

 少し歪んだ木桶。鉄鍋にはこびり付いた(すす)が染みこみ、独特な模様を浮かび上がらせている。ニースはここに“人”を強く感じた。そして彼女はこのような場所が好きだった。


 互いの肩が触れるか触れないかの間隔を保ち、台所に並んで立つ。


「娘がいたら、こんな感じなのかねえ」


 丁寧に芋を剥くナイフから目を逸らさずに、女は口を開いた。ニースの顔に血が集まり、頬がほのかに染まる。


「若いのに上手いもんだねえ」


 女は野菜を刻むニースの手元に視線を向けていた。


── 刃物なんて怖いもんじゃない。女と一緒だ。扱いを間違えれば怪我するが、やさしく扱えばちゃんと言うことを聞いてくれる。そんなもんだ。

── あなたは、あまりナイフを握らないほうが良さそうですね。


 ニースはいつぞや交わした言葉を思い出し苦笑いを浮かべた。それは懐かしく温かい苦笑いだった。

 そして、その表情を維持したまま、女を見上げる。


「すいません……。私のほうが年上かと……」


 視線の先の面持ちも、似たようなものだった。




「帰ってきませんねぇ」


 小鳥の(さえずり)りのような声に、少し微笑みながら女はさみしげにどっしりとした体を椅子に預けていた。ロウソクの炎が彼女の気持ちを代弁するかのように、右へ左へと揺れる。


「窓、開けていいですか?」


 女は小さく頷く。


「気持ちのいい風」


 ふわり。金糸が舞う。秋風がニースの腰まで垂れた髪をなびかせた。

 薄暗い窓の外を眺めながらニースは慈しみに満ちた笑顔を浮かべ女に話しかける。


「何故、私に優しくするのですか?」


 少しの沈黙。ただその沈黙は二人にとって妙に居心地の良いものだった。


「息子が何で大きな盾を持っているか知ってるかい」

「いえ」


 そして女は懐かしむように笑みをこぼした。


「息子には兄がいたのさ。とうの昔に死んじまったけど。いつも兄の背中を追っていたよ」

「はい」


 ニースは窓の外を向いたまま小さく返事をする。


「その兄がね、森に入ってそのまま行方知れずになってね。アタシは必死でみんなにお願いしたのさ。探してくれってね。誰も首を縦には振ってくれなかったよ。泣いたねえ。泣いて三日経った時、ドアの前に仏頂面の男が立っていたのさ。すまん。これしか無かった。って兄がいつも付けていたペンダントを手に持ってね」

「それが」


 話をおおよそ理解したニースが、女に振り返る。そして熱のこもった視線を向けた。


「ああ、アンタの旦那だよ。あの人はね、この町に来た頃はいつも眉間に皺が寄っていてね、獣のような目つきをしていたのさ。みんな怖がってね。近づくものは変わり者のカムランだけ。当然アタシも関わらないようにしていたさ」


 初めて聞く姿だった。思い出すあの人はいつも奥深い優しい目をしていた。


「あの人はアタシら家族の恩人さ。息子は前に言ったのさ。あの人は、いつも黙ってこの町を守っている。だけどあの人を守る人はいないって。だから大きな盾を持って、あの人を守るんだってね」


 ニースはただ嬉しかった。そして、今すぐ逢いたい。そう思った。

 彼女の気持ちが手に取るように分かってしまった女は、話を進めるべきか少し迷う。


「話、続けてくれませんか?」


 静寂にニースの声が横切った。女は促されるままに口を開いた。


「ある日息子が言ったのさ。もうあの人を守らなくてもいいかもしれないってね。少ししてアンタと一緒になったって聞いたよ。それでも毎日大きな盾を持って出かけたよ。なんでもあの人を守るアンタを守るんだとさ。母親のアタシもおんなじさ。分かったね」


 ニースは窓にもたれかかり両手を後に組む。そして目一杯の笑顔を女へと向けた。

 女はニースの美しさに目を奪われた。容姿がどうとか、そういった目に映る類いのものではない。彼女の内面から溢れてくる感情に心惹かれたのである。


「約束します。私もあなた達親子を守りますよ」


 女は返事をするのも忘れ、見入った。


 その時、ドアを叩く音がした。息子が帰ってきたのだろう。

 女は急ぎドアを開ける。

 急ぎ走ってきたのだろう。そこには汗を拭う大男の姿があった。


「さあ、ご飯にしようかね」


 女は振り返り大きな声を上げた。だがそこは窓から吹きつける秋風だけが静かに舞っていた。


「ふんっ、しょうのない魔女さんだこと」


 女は、腰に手をあて鼻を鳴らす。


「さあ、夕食だよ。座りな」


 男はテーブルを見やる。三人分並べられた食器に、訝しい表情を浮かべていた。

 改稿ばっかりしていると、なにか無性に書きたくなってしまいました。

 とりあえず妄想を垂れ流し、お茶を濁しました。

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